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コンサルタントの洞察力
本質を見抜き、課題を解決する「七つ道具」


同じ情報を与えられても、そこから何を見いだせるか、どこまで本質に迫れるかは、見る者の洞察力次第。経験がものを言うところでもあるが、若手のビジネスパーソンであっても、いくつかの視点や考え方を頭に入れておくことで、洞察力を短期間に向上させることは可能だ。本稿では洞察のプロであるコンサルタントが、そのヒントを「七つ道具」に例えて解説する。

「洞察力」の定義と課題解決の七つ道具

「自分と同じ情報しか持っていないのに、示唆に富んだ発言をする人」─周りにそんな人はいないだろうか?情報は、そこから本質を見いだして初めて価値を持つ。情報の本質こそが、課題を解決する判断・行動を導出するための材料たりうるからだ。この本質を見いだす力が「洞察力」である。

本稿では、まず課題解決プロセスを説明し、そのプロセスでどのように洞察すべきかを解説する。そして、洞察における思考方法を、七つ道具」として紹介しよう。

最後に事例を取り上げるので、実際の現場で「七つ道具」は具体的にどのように活用できるのか、ご自身の仕事と照らし合わせながら、お読みいただきたい。

課題解決プロセス

課題解決プロセスは「Ⅰ.現状の把握」「II.実現したい状態の明確化」「III.打ち手の策定」の3つから構成される。IとIIの間に立ちはだかるハードルが「課題」だ(図1)。

「I.現状の把握」では、社内外の客観情報を取得・整理し、現状の姿を浮き彫りにする。「II.実現したい状態の明確化」では、客観情報のみならず、企業としての想い(ミッションや企業理念など)といった主観情報も加味する。ここでは、実現したい状態を明確化すると同時に、「現状」と「実現したい状態」の間のハードルである「課題」も明確化する。

最後の「III.打ち手の策定」では、課題解決のための判断や行動(=打ち手)を策定する。ここでも主観的な情報を織り込む必要がある。仮に同じ課題、同じ経営資源を持った企業であっても、経営理念が異なれば、最良の打ち手も変わってくるからだ。

図1 課題解決プロセス ─現状・実現したい状態・課題・打ち手の関係─

洞察のプロセス

洞察は「整理整頓」 抽出」 示唆化」で構成され、課題解決プロセスの段階ごとに、洞察の仕方は異なる(図2)。

図2 課題解決プロセスにおける洞察

I.現状の把握

  • i.「整理整頓」:情報の収集・取捨選択・補完を意味する。客観情報を収集した後、フレームワークなどを活用し情報を整理する。その過程で、不足情報は追加収集もしくは類推することで補完する。また、不要な情報や疑わしい情報が出てきた場合は排除する。
  • ii.「抽出」:情報を構造化した上で、「要は何か?」を抽出する。情報から「要するに現状はどういった状態なのか」を抽出しなければ、課題を解決する上で意味をなさない。
  • iii.「示唆化」:「抽出」段階で得られた「要は何か?」を、企業(または個人)にとっての提言に昇華する。例えば、 抽出」により、 市場は縮小しており、縮小傾向は今後も継続する」というメッセージが得られたとしても、このままでは「だから何なの?」と言われかねない。意味のあるメッセージとは、例えば「市場寡占化が進むため、今がシェア向上の絶好の機会だ」のように、主体に対する示唆に富んだものでなくてはならない。

II.実現したい状態の明確化

  • i.「整理整頓」:現状把握のように客観情報を整理するだけでなく、主観情報の優先順位づけも行う。 実現したい状態の明確化」では主観情報を加味するが、一方で、想いをすべて加味してしまうと、その主体にとっての常識から抜け出せない。それゆえ、主体にとってどの想いが重要なのか、優先順位をつける必要がある。
  • ii.「抽出」:客観的情報を用いて、仮説的構造を抽出する。仮説的構造とは、客観情報に基づいた将来の社会・業界構造に関する仮説のことを指す。例えば、顧客のニーズがどう変化していくか、などを高い蓋然性をもって推測したもののことである。
  • iii.「示唆化」:客観的情報から得られた仮説的構造を踏まえながら、主観情報を組み合わせ、企業(や個人)の実現したい状態を明確化する。

III.打ち手の策定

  • i.「整理整頓」:まずは、制約条件がないという前提で、打ち手のオプションを洗い出す。そしてそのオプションを整理、つまり構造化する。
  • ii.「抽出」:真の制約条件を抽出する。社内の人材不足、企業理念との相反など、さまざまな制約が考えられるが、これらが本当に制約条件たりうるのか、見極めていく。
  • iii.「示唆化」:「整理整頓」した制約条件をもとに評価軸を設定した上で、評価軸に優先順位をつけ、オプションを評価する。評価を通じて、とるべき判断や行動を選択する。経営課題に対する唯一解は存在せず、主観的判断を交えながら評価・決定した結果が最終的な解となる。

 

以上が、課題解決プロセスに沿った「洞察」の全容である。そして、より適切に洞察するために、このすべてのプロセスにおいて駆使すべき思考方法=「七つ道具」を紹介しよう。

洞察のための「七つ道具」

①レンズ:視点を変化させて考える

レンズを通すと普段と違う風景を見ることができるように、様々な視点からモノゴトを考えることが1つ目の道具である。具体的には「全体観を捉える/部分に着目する」軸を設定し視点を移動させる」「言い換えてみる/置き換えてみる」の3つの方法がある。

「全体観を捉える/部分に着目する」は、議論中に「全体のうち、Aに絞り込んで議論を進めると…」今議論しているAを全体から見ると…」といった考え方をすることを指す。もし全体観を捉えないと、本来議論すべき論点から外れたり、議論内容が漠然としたまま深まらなかったりする危険がある。

「軸を設定し視点を移動させる」ことは、発想の転換に有用である。具体的には、一般的に議論の前提であり、議論の対象となりにくい時間軸(短期視点/中長期視点など)や空間軸(企業視点/社会視点など)を変化させて考えてみることだ。当社への影響は…」今年の売上への影響は…」ではなく、「10年後の社会への影響は…」グローバルへの影響は…」と時間軸や空間軸における検討範囲を広げると、考えを深めることができる。

設定する軸は時間軸や空間軸以外もある。例えば、商品の適正価格を議論する際に、あえて「カテゴリ内で最高価格を設定したらどうなるか…」といった考え方をすることも有用である。そうすることで、現状よりもよくなる点や、逆に悪くなる点が明確になり、議論に深みが出る。この例では価格の高低を軸にとって視点を移動させて考えているわけだ。

「言い換えてみる/置き換えてみる」ことは、対象を単語や一文で言い換えることを意味する。例えば、会社という組織を、人間の体に例えてみるとどうだろう」と発想してみる。対象を、あらかじめよく知っているものに置き換えて考える過程で、対象の様々な側面にスポットをあてると、対象の本質を抽出することにつながる。

日本企業においては、上司と違う意見を言いにくかったり「日本にとって…」のような高い視点の議論が敬遠されがちだったりする。その結果、会議が始まるときにはすでに視点が固定されており、新たな視点が出てくることは少ない。レンズを使いこなすためには実際に様々な視点から物事を捉えてみる癖をつけるとよいだろう。

②ものさし:立場を変えて考える

人はそれぞれ、考えるときや判断するときの“尺度”を持っている。そこで、自分自身のものさしを一旦外し、各人の尺度に沿って考えることが、立場を変えて考える」ことになる(図3)。

同じ企業でも、立場などによって思考回路は異なる。ブランド損益に責任を負っている部署にとって、宣伝費の削減は、損益改善のために必要な手段の1つだが、宣伝部から見ると、予算を削られる悪手に映る。例えば、あなたがきちんと情報収集をして社内で提案をしても、いつも関連部署が動いてくれないとすれば、関連部署の立場でモノゴトを考えられていない可能性がある。

立場を変えて考えるためには、自分の立場を一度忘れることだ。私は消費者視点に立って考えている」という人も、よくよく聞くと「うちは××部が強いから○○できない」や「××はコスト高で利益が圧迫されるからできない」など、消費者よりも自社の都合を優先していることが多い。

ただし、立場を変えて考える」ことと、「相手に迎合して考える」こととはまったく異なる。「A部長は…が嫌いだから、本来…すべきだけどやめておこう」という思考ではない。

図3 道具②ものさし ─立場を変えて考える─

③蛍光ペン:同じ真善美で考える

これは、判断・行動を行う人物の「感情を理解する」ことを指す。道具で例えるなら、各人の心に引っかかる部分をチェックする蛍光ペンのようなものだ。ものさしが他者の論理を推し量る道具なのに対し、蛍光ペンは他者の感情の機微に気づき、心に留めておくための道具で、ものさしを使って得られた情報に蛍光ペンで線を引く、というイメージだ(図 4)。

この道具が重要な理由は、他者の感情(=真善美)を理解しないまま、論理のみに根ざして判断・行動をすると、判断・行動する人物が“感情的に否定”してしまう場合があるからだ。前述の宣伝費の例で、 論理的”には、宣伝部は宣伝費削減に対して否定的だと考えられる。しかし、実際には過剰な宣伝費に問題意識を持っている人もいる。問題意識を持っている人に、わざわざ「宣伝費が過剰」と提言しても意味がない。むしろ無用な反発を招き、得られたであろう協力が得られなくなってしまうこともある。

論理的に正しい洞察が、必ずしも納得感のあるものとは限らない。論理と感情を重ね合わせて導き出すことが、本当の洞察だといえる。

図4 道具③蛍光ペン ─同じ真善美で考える─

④フォルダ:構造化して考える

この道具は、パソコン上でフォルダを整理するように、 構造化して考える」ことだ。具体的にいうと「事象をMECEに考える」「因果関係を明確にして事象を階層化する」ビジュアルで捉える」の3つがある。

構造化して考えないと、自分自身の思考を整理しづらいだけでなく、第三者と議論する場合にも共通の土台がない状態に陥る。

まず「事象をMECEに考える」とは、情報を「漏れなく、重複なく」整理するということだ。この用語は広く認知されているのだが、実際にMECEに思考できている人は少ない。例えばマーケティング会議で、自社ブランドの強みや成功した場合の売上予測ばかりを記載している企画書が散見される。MECEという思考方法を念頭に置いておけば、競合ブランドや市場の動向など、情報に漏れがあることはすぐ分かる。

次に、 因果関係を明確にして事象を階層化する」とは、事象を要素に分け、それぞれの因果関係を明確に論理展開し、結論に至る過程を階層構造化して捉えることだ。

「『最近味が落ちた』といわれていたラーメン店がいよいよ廃業してしまった」という例で考えてみよう。多くの人は、 味が落ちた→人気が落ちた→売上が落ちた→資金繰りが立ち行かなくなり廃業 =結論)」という因果関係を想像すると思う。しかし、これは短絡に過ぎる。まず、廃業の直接の原因は、資金繰りの悪化以外にも考えられる。たとえば、店主の個人的な事情で故郷に帰ることになったのかもしれないし、単にやる気がなくなった、他の業態に鞍替えしたというのが真相かもしれない。また、フランチャイズ本部との契約期限切れの可能性だってある。もし資金繰りの悪化が廃業の原因であったとしても、店の売上の減少以外にも可能性はある。本業以外の投資活動(例えば外国為替)で損失を被り、店の運転資金が費えたのかもしれない。仮に、売上の減少が資金繰り悪化の直接的な原因だったとしても、 味が落ちた」のが原因とは限らない。例えば、近所に強力な競合店ができてそちらに客を奪われた、平日の売上を支えていたランチ需要の源である近隣の企業が移転してしまった、などの可能性もある。このように「味が落ちた」という観測が直ちに廃業を説明する因子とはならない。事象を正しく捉えるには、多数考えられる原因を1つずつ丹念に辿ってゆく思考過程が不可欠だ。事象の階層化は、これを要領よく行うための強力なツールである。

「ビジュアルで捉える」ことは、コミュニケーション時だけでなく、思考を深める際にも有意である。自分の考えを紙にまとめる過程で、不足している情報や、論理の飛躍などに気づくことができる。

「フォルダ」思考を使いこなせるようになるまでは、周囲に協力を仰ぐとよいだろう。情報を構造化したものを第三者にチェックしてもらったり、第三者のアイデアが構造化できているかをチェックしたりするのである。もし当てはまるハコがなかったり、逆に、当てはまるハコが複数存在したりする場合は、構造化できていないと判断できる。

⑤自由帳:真の制約を抽出して考える

罫線に囚われず絵をかける自由帳のように、既存制約を所与とせずに物事を捉えることが 5つ目の道具である。この道具は、特に「打ち手の策定」プロセスにおいて、見かけ上の制約を「真の制約」「対応策によりクリア可能な制約」 無関係な制約」に分類する上で活用できる。

「無関係な制約」とは、一見もっともらしく聞こえるものの、紐解いていくと実は打ち手とまったく関係がない制約のことである。例えば「我が社のプライドが許さないため、それはできない」などがそれにあたる。実際、 打ち手」に対して「できない理由」を挙げる人は多いものの、よく考えると「真の制約」でない場合が多い。

そして、この「対応策によりクリア可能な制約」と「無関係な制約」を除いたものが「真の制約」となる(図5)。

そして、この「対応策によりクリア可能な制約」と「無関係な制約」を除いたものが「真の制約」となる。

制約=所与という概念から抜け出すためには、制約を3つに分類する癖をつけておくことが重要である。それにより、ゼロベースで打ち手を検討でき、結果として、インパクトの高い施策立案が可能となる。

図5 道具⑤自由帳 ─真の制約を抽出して考える─

⑥メモ:直感を信じて考える

この道具は、メモに考えを書き留めておくように、 直感」を捨て置かずに論理的に検証することを指す。

ここでいう「直感」は、 仮説」とは似て非なるものである。「仮説」には含まれない“第六感から出てきた思いつき”こそが「直感」である。

「直感」は単なる思いつきなので正しくないのではないかと思われるかもしれない。しかしながら、示唆に富んだ発言をする人は「直感的には○○じゃないかな」「ドタ勘、○○「だと思う」違和感がある」といった言葉をよく使い、そういった「直感」を検証すると論理的にも正しいことが多い。

「直感」は個人の経験や情報を無意識に構造化した結果であり、 直感」の背景には確固としたファクトやロジックが存在すると考えるべきだ。「直感」を検証する癖をつけることで、洞察のスピードアップを図ることができる。

⑦ラベル:「要は何か?」を考える

「要は何か?」を考えるというのは、構造化した情報から“一言メッセージ”を抽出することであり、情報を整理したファイルに、中身をまとめた「ラベル」をつける作業に似ている。ラベルづけは、主体にとって意味を持つメッセージになっていることが重要で、∼について」∼の件」のように、テーマを漠然とまとめたものでは抽出が不十分といえる。

十分な情報を収集し、資料も大量に作って会議に臨んだにもかかわらず、参加者の表情が冴えず、ピンときていないようだし、質疑応答もまばら。こんな経験はないだろうか。その原因は、情報をまとめると“要は××”」が不明確なままだからである。

「要は何か?」というメッセージをきちんと抽出するためには、メッセージに必要な要素を、まず頭に入れておきたい。メッセージは原則として①「What?」、②「Why?」、③「How?」の3つの問いに対する答えで構成されている。

「What?」に対する答えは、…である」「…をすべきである」などのように言い切る、結論としての要素である。そして「Why?」は、「What?」の答えに至った論拠を「なぜならば…」と述べる部分だ。「What」と「Why」は支え合う関係にあり、「What?」の答えが「Why?」できちんと説明でき、「Why?」の答えと「What?」の答えが矛盾しない。そして、「How?」に対する答えとは、「What?」の答えが「…すべきである」など打ち手を提案するものの場合、その方法を述べる部分だ。ラベルという道具を使う際、抽出したメッセージがこれらの要素を満たしているか、自己チェックするとよいだろう。

この思考方法を身につけるには、地道に訓練を積むしかない。具体的には、情報収集のたびに「要は何がわかったのか」を考えるだけでなく、実際に文章に書き出してみる、あるいは、口に出して人に伝えてみることをお勧めする。当然であるが、要は××」というメッセージは、端的にまとまっていなくてはならない。「エレベータートーク」という言葉があるが、エレベーターに乗っているのと同じ30秒∼1分程度の時間内に、メッセージを分かりやすく相手に伝えられるよう、言いたいことを要約するとよいだろう。逆に、説明するのに5分も10分もかかってしまうなら、メッセージをまとめきれていない。

ここまでで紹介した7つの思考方法を、より身近なものとするために、次節の事例では、洞察を疑似体験していただこう。

「七つ道具」の活用事例

(状況設定)
総合電気メーカーであるKY社は、景気後退の影響を受けて、年度目標の営業利益500億円の未達が濃厚となってきた。そこで社長は、経営企画部の山崎部長に「達成するための方法を検討してくれ。特に、中心ブランド『ZEUS』の収益性改善をしてほしい」と指示していた。

(登場人物)
小林:社歴10年目で、今年度から経営企画部に転属
山崎:小林の上司である経営企画部長

(事例)
山崎は改善計画立案のため、部下の小林にZEUSの現状を把握するよう指示した。翌日、徹夜で情報収集した大量の資料を携え、報告を始める小林─。

小林:「結果をご報告します。まず量販店データによると…(自分が調査した内容を時系列に話し始める)。次に…」

山崎:「ちょっと待て。いろいろ調べたのはわかった。で、結局何がわかって、ZEUSの利益増にどんな意味があるんだ?」

小林:「はい、競合は強いブランド力を活かし、価格を高く設定することで利益を確保しています。ZEUSのブランド力強化が急務だと思います」

山崎:「それは調べないとわからないことか?そもそも現状把握と打ち手策定を混同しているし、闇雲に調べた情報を、闇雲にまとめているように聞こえるよ」

小林:「…。私はどうすべきだったのでしょうか」

山崎:「情報を集める前に、どのような視点で情報を集めるべきかを考えたかい?君はあまり意識せずに、競合商品を調査することで、示唆を出そうとしたね。でも、網羅的に情報を集めるためには競合だけでなく、自社や市場・顧客のことも調べる必要があるよね」(道具「フォルダ」の活用)。

小林:「そうですね」

山崎:「そこで、『3Cのフレームワーク』を情報整理の『ハコ』に設定して全体観を捉えてみよう(図6)」(道具「レンズ」フォルダ」の活用)

図6 網羅的な情報整理の「ハコ」を設定する

小林:「これを踏まえると、競合の情報も網羅的に整理する必要がありますね」

山崎:「そうだね。例えば4Pを使って、競 合の情報を整理してみよう(図7)」(道具「フォルダ」の活用)

図7 「ハコ」を設定し、情報を整理

小林:「なるほど。このように情報を整理して報告すればよかったんですね」

山崎:「それだけじゃ不十分だ。私はともかく、社長や役員は詳細レベルの情報を聞いている時間なんてない。だから整理した情報をもとに“要は何か?” いうメッセージを出す必要があるんだ」 (道具「ラベル」の活用)

小林:「“要は何か?”…」

山崎:「情報の整理よりも、その情報から何を導き出すかのほうが圧倒的に難しい。日ごろから“要は何か?”考える癖をつけておくことが重要だ。例えば、今回の情報からだと『競合商品に比して、売上に対する広告宣伝費の割合が高い』といったことがいえそうだ」

小林:「なるほど…。同じ情報から導き出したのに、私の意見よりずっと納得感が高いですね。次は、自社の情報か(道具「レンズ」の活用)。ZEUSの洗濯機はあまり売れてないような気がしますが…」(道具「メモ」の活用)」

山崎:「では、自社の情報も見てみよう(図8)。君の直感どおり、収益性が悪いアイテムがあり、特に洗濯機は利益を毀損しているね。この自社情報を利益増という目的に照らすと、いくつかのアイテムは利益を毀損している。また、競合比で広告宣伝費の割合が高い』ということがメッセージになりそうだね」

図8 ZEUSブランドのアイテム別の収益性

次に、山崎は小林にZEUSの「実現したい状態」を検討するよう指示した。

小林:「実現したい状態について、社員はどう考えているかな?前回の教訓を活かして、自社─顧客、自社─競合という情報整理の『ハコ』で聞いてみるか」

周りの社員にヒアリングすると、顧客に対しては「家電をトータルで提供したい」、競合に対しては「シェアでナンバーワンになりたい」競合のCronusには負けたくない」という意見を持っていることがわかった。

小林:「そういえば、当社はトータル家電戦略を採用していたな。すると、アイテム群の廃止ではなく、利益を毀損しているアイテムの収益性を強化していくべきだな。加えて、トータル家電ブランドとしては不足しているアイテムもあるから、さらに新商品を投入していくべきだ。そうすれば、競合からシェアを奪うことができそうだな。売上が大きくなれば、自然と広告宣伝費の比率は低下していくはず。完璧だ!これで報告してみよう」

山崎:「…よくわからないな。つまり、現在のトータル家電戦略をより推進すべきということかい?より幅広く打ち手を検討するには、現在の戦略・ミッションを疑うことも、時には必要だよ」

小林:「どういうことでしょうか」

山崎:「社員の想いを聞いてきたのはよいことだ。ただ、この想いを追求した結果が現在の状態であって、利益向上という目的のためには、考え直す必要があるかもしれない。例えば、現状把握と同じように、主観情報についても視点を変化させて、他のオプションはないかと網羅的に考えてみるんだ図9)」(道具「レンズ」フォルダ」の活用)

図9 「実現したい状態の明確化」における主観情報の 整理整頓」

小林:「あ、現状把握と同じ考え方をするわけですね。同じ失敗をしてしまった…」

山崎:「洞察力を身につけるのは、本当に難しいことなんだ。特に“視点の変化”は難しい。人は無意識のうちに視点を固定化しているからね」

小林:「そうですね。今後も意識しつづける必要がありそうです」

山崎:「じゃあ、次に仮説的構造について考えてみよう。具体的には、顧客動向と競合動向が将来的にどうなるのか、考えてみてくれ」

小林:「はい。顧客動向の大きな流れとしては、人口の減少と不景気の現状に鑑みれば、市場の縮小が想定されます。ただし定番家電に対するニーズは高いまま推移しそうです。従って、トータル家電戦略を継続すると、市場の縮小にあわせて売上・利益率ともに悪化する可能性が高いです」

山崎:「そうだな」

小林:「次に、競合動向ですが、今までは業界首位である当社の動き方に他社が追随してきたといえます。従って、今後の競合状況は当社次第といえそうです」

山崎:「うん。今の考えをまとめてみよう(図10)。競争状態でトータル家電戦略を継続すれば、利益率は低水準になることが想定される。今まで同様に消耗戦が継続することになるからだ。一方で、一部の競合企業と協力して、自社の広告費を選択事業に集中する戦略オプションは利益率が高まる可能性がありそうだね。ただ、その場合、売上を落とさないことが前提となることを忘れてはいけないよ」

小林:「そうですね。マーケティング部門にもこの方向性で行くと伝えておきます」

山崎:「ちょっと待ってくれ。君は、この方向性がマーケティング部門にとってどういう意味合いになるか、考えたことはあるかい?」(道具「ものさし」蛍光ペン」の活用)

小林:「いえ…」

山崎:「マーケティング部門にとって、自部門の発言権が弱まるように映らないかい?とすると“正しいからこうしろ!”言われても否定的な感情がわくのではないだろうか?」

小林:「そうですね…」

山崎:「例えば、広告費の削減というメッセージではなくて、広告費の費用対効果の向上という切り口のほうが納得感はありそうだ、と直感的に思うよね。さらに、具体的な投資対効果の向上方法について、素案があったほうが受け入れやすいかもしれない」(道具「メモ」の活用)

図10 戦略オプション (今後の仮説的構造)

2 週間後、山崎の指導の下で小林は、トータル家電戦略を廃止し、競合他社とは共同マーケティング活動を行うなどして協力していく方向性で、全社的なコンセンサスを醸成することができた。

ただし、その戦略を実行するためには、広告費や値下げを抑制しつつ売上を維持するため、営業力の強化」という課題があることを特定した。そして、小林はその解決のための施策を検討することとなった。

小林:「現状の人員でできることは営業部隊のトレーニング強化とPOP配布くらいでしょうか。今までもその両方を実施してきましたが、トレーニングは効果が不明確ですし、人手も必要です。一方POP配布は効果が高いです。今後はトレーニングをやめてPOPの投入量を増やすべきだと思います」

山崎:「たしかに人員の制約はあるけれど、本当かな?営業部門はどう言っている?」

小林:「ヒアリングでは様々な制約条件を挙げています。ですので、打ち手が限られると思ったのですが…」

山崎:「君の仕事は会社として打つべき施策の検討であって、営業部門の代弁ではない。まずは制約条件を考えずに打ち手のオプションを整理する必要があるね」

小林:「はい。MECEに考えると、重点営業先の拡大といったことも考えられます。まとめるとこのようになりますね(図11)」(道具「レンズ」フォルダ」の活用)

図11 打ち手のオプションの洗い出し

山崎:「よろしい。視点を変えて打ち手を洗い出せているし、構造的に整理されてもいるね。制約がなければ、ここまでオプションの幅は広がるんだ」

小林:「そのとおりですね…。制約を所与のものとして捉えて、無意識にオプションを絞り込んでいました」

山崎:「じゃあ、今度は営業部門が言っている見かけ上の制約を精査して、打ち手となりうるオプションを抽出してみよう。制約条件はこのように分類できるね(図12)」(道具「自由帳」の活用)

図12 制約条件を精査する

小林:「…そうですね。考えてみるとほとんどが真の制約ではなかったんですね…」

山崎:「他部門が挙げている制約条件を疑う人は少ない。だからこそ洞察は難しいんだ」

小林:「なるほど」

山崎:「次に、洗い出したオプションと真の制約を見比べて、本当に実現不可能なものを抽出してみよう。そうすると、店頭広告の量的強化は難しそうだね。でも、それ以外は条件つきではあるが、実現可能性はありそうということだね」(図13)。

小林:「はい」

山崎:「次は、抽出したオプションを評価する必要があるね。小林君は、まず「必要な人手」効果の明確さ」効果の大きさ」という評価軸を設定し、トレーニング強化とPOP配布というオプションを評価したね。その結果、すべての評価軸においてPOP配布が高評価だったので、POP配布を実施すべきと考えたのかな」

小林:「そのとおりです」

山崎:「でも、この3つだけでなく、リスクや必要リソース(投資額や必要時間など)の観点からも評価が必要じゃないかな。もちろん評価軸として何を設定すべきか、という一定の解はないけれど、今のままでは不十分だね」

小林:「どんな考え方で評価軸を設定し、オプションを評価していくべきだったのでしょうか」

山崎:「重要なのは、企業文化などの“感情”実施部門“固有の論理”いった主観情報にも配慮することだろう。例えば、営業部門は現場の負担を懸念するだろうから“現場の負荷”いう評価軸を設定すべきだし、トレーニングの強化というオプションについては、営業部門長はOJTこそ重要というスタンスを持っているから、もっと高い評価でもよかったかもしれないね」(道具「ものさし」蛍光ペン」の活用)

小林:「そうですね」

図13 制約条件を考慮した、実現可能な打ち手の抽出

2 週間後、小林は、営業力強化のための最適な打ち手は「本部営業体制の見直し」と「リベート体系の見直し」であると特定し、ZEUSの利益改善のために策定した一連の施策を実行し始めていた。

山崎:「現状の把握、実現したい状態の明確化、打ち手の策定をしていくなかで、洞察を体験したと思うけれど、どうだったかな?」

小林:「今回は山崎部長のご指導があったのでここまでできましたが、一人ではすぐにはできなさそう、というのが正直な印象です」

山崎:「もちろん、すぐにできるようにはならないけれど、まずは洞察の意味合いや洞察するための考え方を知ったことが重要だよ。今後も洞察を意識しながら仕事をすることだね」

まとめ

事例の小林のように苦労している人は非常に多いだろう。今、読者のみなさんは、道具の“取扱説明書”を読み終わったところだ。取扱説明書を読んだ上で、実際に利用することで電化製品が使いこなせるようになるのと同じように、洞察を導き出せるようになるためには、実際に「七つ道具」を使う必要がある。洞察力を活かすチャンスはいくらでもある。ぜひとも日ごろの仕事で、七つ道具」を意識して利用していただきたい。ときには、本稿を辞書のように利用していただければ幸いだ。

そして、七つ道具」を使いこなせるようになったら、山崎のように、同じ情報を持つ人よりも示唆に富んだ発言ができるようになり、課題解決に直結する判断や行動ができるようになっているはずだ。



<プロフィール>
山下   哲生(やました・てつお)
A.T.  カーニー シニアビジネスアナリスト(本稿執筆時)
1981年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。在学中にヘルシンキ工科大学へ留学。同校Business Linkage Program修了。2007年A.T. カーニー入社。
消費財メーカーを中心に、戦略からコスト削減までの幅広いプロジェクトに従事。

川崎   渉(かわさき・わたる)
A.T.  カーニー シニアビジネスアナリスト(本稿執筆時)
1984年生まれ。神戸大学経営学部卒業。2007年A.T. カーニー入社。消費財メーカーや教育関連企業、ソフトウェア会社など幅広いクライアントに対し、戦略およびマーケティングのコンサルティングを行う。

 

 

(「Think!」(東洋経済新報社) 2009年7月17日号)