“超”分析:問題解決力を高める技法 03
実践 “超”分析:∼コストを下げる∼


 分析は、最も身近なビジネスツールの1つである。多くの人は、その有用性を感じながらも、 一方では「実務でいまひとつ使いこなせていない」と感じているのではないだろうか。本連載では「実務で使いこなすための分析」、そして「実際の問題解決に役立つ分析」として、超"分析を提起する。
第1回では、超"分析を行うための3つのステップ、すなわち俯瞰」分解」比較」と、それぞれのアプローチの方法、さらに実践運用上の留意点主に心理面)について述べる。

"超"分析の定義と3つのステップ

売上げが伸びない、利益が上がらない、あるいはチームメンバーの長時間残業が恒常化してしまっている……。ビジネスにおいて直面する問題を解決するためには、市場や事業環境、コスト構造や業務の効率を分析する作業が欠かせない。しかし、いざ、仕事の中で分析をしていて、以下のような状況に直面することはないだろうか?
社内の問題に対して自分なりに分析を行い、分析結果を上司や経営者に提示するが、こちらの訴えたかったことが通じず、判断は「政治力」によって行われてしまう。苦労して分析をしただけに、相手が動いてくれないことへの不満や徒労感を覚える。

いつも同じ対象について、同じ内容の分析を繰り返している。例えば、市場の分析といっても、毎期の数字のアップデートを行う程度であり、局所的な問題への対症療法にしかなっていない。

上記のような経験を通じて、「ビジネスの現場では分析はあまり頼りにならない」と感じている人もいるかもしれない。私たちは、上記の状況は手法としての分析の限界によるものではなく、「問題解決にフォーカスした分析」がなされていないためであると考えている。

そこで本連載では、問題解決に資する分析として、"超"分析を提起したい。

以下で"超"分析とは何か、今まで解決できなかった問題をどのように解決していくのかを解説する。

まず、分析の定義であるが、本連載では、分析を作業ステップの観点から、"俯瞰することにより対象範囲を選定した上で、範囲内に含まれる事象を分解し、分解した事象の集合同士を比較するプロセス"とする。

つまり、分析のプロセスには以下の3つのステップが含まれる(図表1)。

図表1 分析のプロセス

  • ①「俯瞰」:分析する範囲を設定するステップ(分析の質を左右する重要なステップであるが、実際には良否の判断をすることなく、無意識的に行われている)
  • ②「分解」:対象範囲の中の事象をある特定の基準によって切り分け、比較するための要素を抽出するステップ
  • ③「比較」:分解した要素同士を比べる指標を設定し、要素同士の優劣を測定するステップ

また、そもそも分析とは何を目的にして行うものなのかという側面からの定義は、"問題解決のために課題発見・打ち手の選定を行うこと"とする。

例えば、課題発見の例でいえば、"売上げ低迷チャネルが他のチャネルに劣っている要因は何か"といった分析のケースが当てはまり、打ち手の選定でいえば"どこのチャネルの売上げを伸ばすのが最も効率的か"といった分析のケースが当てはまる。いずれのケースであっても、分析の3ステップの構造は基本的には変わらない。

次に"超"分析の定義であるが、"超"分析とは、「分析の3ステップを高度化することで、問題解決により深く寄与することのできる分析」と定義する。各ステップの特徴としては、「俯瞰」における範囲設定の自由度の高さや、「分解」における切り口の多様さ、「比較」における要素相互間の比較可能性の幅広さや偏りのない公正さが挙げられる(図表2)。

図表2 ありがちな分析と

「俯瞰」のアプローチ

次に、具体的にどのようなアプローチで"超"分析を行うのか、各ステップについて説明していく。まず対象範囲設定のための「俯瞰」には、"物理的シフト""状態的シフト""価値的シフト"を伴う3つのアプローチがある(図表3)。

図表3 「俯瞰」の3つのアプローチ

1番目に挙げた"物理的シフト"を伴う俯瞰とは、「時間」および「空間」を対象としたものである。「時間」については、分析の対象とする時間スパンを5年もしくは10年単位へと変えることや、現在の営業時間外に分析対象を広げる

ことなどが含まれる。例えば、りそな銀行はかつて顧客の待ち時間短縮を目的に店舗営業時間を延ばしたが、これは既存の営業時間内で打ち手を探すという思考から、対象の時間シフトをして、営業時間を広げることも対象とした結果、打ち手の方向性を見出した事例といえる。

「空間」のシフトとは、都道府県、国など、地理的に分析範囲を変えることである。具体的には、日本国内だけを分析対象とするのではなく、世界各国・地域も分析対象範囲とすることで、より多くの成長機会を見出せないか検証する、といった例が挙げられる。

2 番目の"状態的シフト"を伴う俯瞰とは、プロセス間で見た状態の違い・変化を捉えることである。ここでのプロセスとは「個人の活動プロセス」と「集団・組織の活動プロセス」に大別される。

前者の「個人の活動プロセス」は、購買行動、消費行動、その他生活シーンなどで捉える類のものである。例えば、大塚製薬の「ポカリスエット」は、スポーツ時だけでなく、風呂上がり、目覚め後の水分補給など、消費者ニーズの発生する幅広いシーンを想定し、マーケティング活動に取り入れている。これは消費行動を幅広く分析の対象に捉えた事例である。

後者の「集団・組織の活動プロセス」としては、バリューチェーンや業務プロセス(サプライチェーン、開発活動、採用プロセスなど)が例として挙げられる。ビジネスの全体観を持って自社・競合の強み、弱みなどを比較し、自社の課題の手がかりを見つける時にはバリューチェーンを使い、業務効率化の余地を見つけたい時は業務プロセスで見るのがよい。

3 番目の"価値的シフト"を伴う俯瞰とは、既存の範囲に対応する価値に、新たな価値を加えたり、引いたりして、範囲の再設定を行うことである。それは「実用的価値」と「感情的価値」の2つに分かれる。

「実用的価値」については、"機能の足し算""機能の引き算"という2つの範囲設定の観点が存在する。"機能の足し算"とは、味(甘み、辛み、うまみ…)、温度(温める、冷やす)、耐久性など、何かを追加することによる価値向上が見込める場合にその要素を分析範囲に取り込むことである。"機能の引き算"は、時間・手間の節約、使い捨て、汚れ落とし、臭い消しなどの要素を分析範囲に取り込むことである。サントリーの「DAKARA」は、他の機能性飲料が栄養素を補給・補充する領域で勝負していたのに対して、"取りすぎた塩分、脂肪等を排出する"というコンセプトで新たな領域を確立した。分析対象として"何を引くか"ということに焦点をあわせて、商品を開発した事例といえる。「感情的価値」については、"興奮を伴うものか""落ち着きをもたらすものか"という観点を切り口に範囲設定を行う。興奮系の範囲設定とは、ワクワク、楽しさ、かっこよさ、スポーティー、ステータス感などの概念を既存の認識から拡大することで範囲設定をしなおすことである。例えば特撮ヒーロー物における、子供にとっての「かっこいい」という要素を母親にとっての「かっこいい」 ="イケメン")にまで範囲を広げたり、「ワクワク」という要素を父親も楽しめるストーリーの深さ・複雑さまで範囲を広げたりすることなどが、興奮系の範囲拡大として考えられる。同様に、落ち着き系の範囲設定とは、安心感、幸福感、癒し等の概念を既存の認識から拡大することで範囲設定をしなおすことである。最近はやりの「エコフレンドリー」の概念も、落ち着き系の範囲設定により見出された領域といえるだろう。"超"分析では、これらのアプローチで俯瞰することで色々に分析範囲を変えてみて、様々な候補の中から「どの範囲が最適か」を決める。

最適な範囲を確定するためには、「設定している範囲がどのような目的に整合するものとなっているか/その目的は最適なものとなっているか」を範囲の候補ごとに検討する必要がある。例えば、映画配給会社が音楽ビジネスを行うことを考える際に、「映画音楽のCD売上げ」と分析の範囲を設定したのでは、音楽ファイルや「着うた」などが検討対象に入らず、収益拡大の打ち手は限られるだろう。一方、「CD、ネット配信、楽譜なども含めた音楽コンテンツ全体の売上げ」と範囲設定すれば、ユーザーの視聴スタイルの変化(CD離れなど)にも対応可能な幅広な分析ができる。

「分解」のアプローチ

俯瞰により分析対象範囲を設定したら、次に「分解」のプロセスが来る。分解については、"縦の関係""横の関係""斜めの関係"という3つのアプローチがある(図表 4)。

図表4 「分解」の3つのアプローチ

1番目の"縦の関係"による分解とは、集合を特定要素の大小によって分けることである。物理的な大小、高低、長短、軽重等で切り分けたり、社会で規定される価値に基づく大小・高低等で切り分けたりすることが含まれる。例えば、物理的な大小としては、サイズによる製品の分類や、本社からの距離による支店の分類などがあり、社会で規定される価値としては、価格帯などがある。

2 番目の"横の関係"による分解とは、集合を特定要素の種類の違いによって分けることである。切り口としては、「物理面」と「社会面」に大別される。

「物理面」は、時間や空間の要素に分けられる。時間の観点には、売上高等の業績を年/月/週/日で見たり、事業全体を短期・中期・長期、過去・現在・将来で捉えたり、製品やプロジェクトのライフステージを揺籃期・成長期・成熟期に分けることなどが含まれる。空間の観点には、地域(国、都道府県等)で切ってみたり、物流を陸・海・空で捉えてみるなどが含まれる。

「社会面」は、"人・デモグラフィック"の観点と"企業・ビジネス"の観点がある。"人・デモグラフィック"では、年齢、性別、所得、職業、新規客・既存客等で個人属性を詳細化する。"企業・ビジネス"は、組織(会社、支店等)、プロセス、チャネル、製品等の他に、財務構造(B/S、P/L、固定費・変動費等)で対象を分解する。

3 番目の"斜めの関係"による分解とは、上記のような縦横では切れないサイコグラフィック(個々人の趣味・嗜好のような心理的属性)な要素や行動特性を捉えることである。既存の切り口だけでなく、似たもの同士をグルーピングして新たに定義することが必要なケースもある。ここでは"性格・価値観"という切り口と、"ライフスタイル・行動特性・ニーズ"の切り口を提示したい。

まず、"性格・価値観"は、「個人の静的な特性」により規定される切り口である。例えば堅実、冒険的、野心家、和を重んじるなど、といった違いで表される分解の切り口を指す。

次に、"ライフスタイル・行動特性・ニーズ"は「個人の活動」により規定される切り口である。例えば、新しいもの好きなのか、保守的なのか、とにかくコストを気にするのか、購買の手間を極小化したいのか、といった違いで表される分解の切り口を指す。

以上、対象を様々な角度から分解するアプローチを見てきたが、"超"分析であるためには、どの切り口を使い、どの程度の粒度まで分解するかを考えることが必要である。この場合も分析の目的の達成度合いが重要になる。

具体的には、「どのような要素が抽出されると、より課題や打ち手が明確になりやすいか」という観点から試行錯誤し、最適な切り口を探すことが望ましい。また、粒度も「意思決定および行動に移せる施策に落ちるレベルまで」分解することが大事である。例えば、各チャネルに対して自社商品の売上げアップを狙うには、チェーンストア単位で見るだけではなく、個店単位・アイテム単位など、有効な打ち手が見えてくる可能性のある複数の候補を検討する必要がある。

「比較」のアプローチ

分解により要素が分かれ、問題・課題、打ち手の候補が洗い出されたら、次に「比較」のプロセスが来る。比較については、"定量指標による比較""定性情報による比較"という2つのアプローチがある(図表5)。

図表5 「比較」の2つのアプローチ

1番目の"定量指標による比較"は、「物理指標による比較」と「ビジネス指標による比較」を評価する場合に分けられる。「物理指標による比較」については、日常生活にも使われる一般的な、個数・人数、時間等の指標を用いることの比較である。

「ビジネス指標による比較」は、事業の収益性を評価する売上高、利益、フリーキャッシュフローなどの指標がある。また、プロジェクトの評価については、期待収益性を反映したIRR(内部収益率)や期待価値創出額を反映したNPV(正味現在価値)などの指標がある。この他にも、業界全体と比べて安全性を見るD/Eレシオ、格付けや、資産効率性を見るROA、ROE、EVAなど、さまざまな財務指標が挙げられる。

2番目の"定性情報による比較"については、「定性情報の量換算による比較」と「定性情報のままの比較」に大別される。「定性情報の量換算による比較」は、人の感情・ニーズ、自然・生理現象等を量としてカウントして行う比較のことである。例えば、「従業員のモチベーションを測る」と いう時に、モチベーションというものは直接測れないので、「従業員の就労満足度調査結果」 退職者率」 業務スピード(前提:モチベーションが高いほど速い)」等の代替要素を指標に設定して比較を行うようなケースが当てはまる。

一方、「定性情報のままの比較」を行う場合もある。例えば、定量化の過程における情報損失の影響が大きいケースや、定量化をしなくても同程度以上の精度での判断が期待されるケースである。具体例として、前者では、店舗の出店立地の選定が挙げられる。候補地の比較にあたって通行者数や最寄り駅からの距離などの定量情報を参照するものの、街並みの雰囲気や周囲からの視認性などの定性情報も総合的に取り入れた上での判断を行うことが必要となる。 後者では、有識者の卓越した知見(定量化困難な背景も含む)をもとにオプションを比較、判断するケースなどが考えられる。

以上の「比較」のプロセスにおいて、"超"分析では、比較対象の特性を踏まえた上で、目的に整合する指標を選定しなければならない。

比較対象について、例えば、扱う商材が異なる営業社員の能力を測ることを考えた場合に、商材ごとの単価が大きく違わなければ売上額で評価することが可能だが、単価が異なる場合にはそうはいかない。そのような場合、バラツキの度合いが平均を中心に分布するようであれば、平均からの乖離を偏差値化して表す、そうでない場合には商材ごとの営業成績の順位で評価するなど、対象の特性を踏まえた指標の選定を行う必要がある。

目的と整合しているかどうかについて、例えば、家選びをする時に、自動車通勤をするのであれば勤務先からの距離が重要な指標になるが、電車通勤をする時には電車の便のよさのほうがより重要な指標となるなど、目的に応じて選定すべき指標が変わってくることに注意する。

ケースで学ぶ"超"分析の活用法

"超"分析の方法論についてはご理解いただけたと思う。ここからは、2 社の企業事例を見ながら、具体的な運用イメージやその効用を確認してもらいたい。

コカ・コーラ社*1、2のブランド拡充

1990年代から2000年代にかけて、日本では飲料に対する消費者の嗜好が多様化した。お茶、ミネラルウォーター等のカテゴリの売上げが大きく伸び、健康志向を反映して機能性飲料も伸びていった。

競争環境が激化する中、2007年コカ・コーラ社は調査手 法「コンシ ュ ー マ ー・ ベバレ ッジ・ ランドスケ ー プ(CBL)」に基づき、4409人を対象に飲料の消費実態調査を行った。調査は、「対象者の属性」 製品」 購入場所(販路)」 購入動機」 飲用場所・時間帯」 飲用量」 飲用時の気分」など約100 項目にわたる質問を行うという広範なものであった。

CBLの特徴は、ニードステーツという概念を導入し、顧客の飲料の購買動機を19に分類したことが挙げられる。ニードステーツにおける分類は、例えば、「気分一新」 栄養補給」 食事との相性」などのように、「なぜその飲料を買うか」にフォーカスしている。これらの動機は、購買する瞬間には明確に認識しているものの、購買後の調査では追跡することが極めて困難な要素が多く含まれている。このため、購買後に「なぜその商品を買ったか」を尋ねたり、消費者グループに商品についてインタビューをしたりといった調査では把握しきれない情報を捉えることができる。

この調査により同社は、消費者の購買時の心理状態をきめ細かく把握し、カニバリゼーションを避けつつ、ブランドのラインアップを拡充することに成功した。

例えば、2005年発売の「アクエリアス アクティブ ダイエット」は、基幹商品「アクエリアス」の販売数量を落とすことなくヒットした。前者は"体重管理"、後者は"積極的な補充"というニードステーツが強いことがその要因である。

また、「ノーカロリーコカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」も、「カロリーオフのコーラ」というカテゴリに共存しながらも、前者が 20∼30 代女性を対象顧客としてスタイリッシュなイメージを、後者が 20 ∼ 30 代男性を対象顧客としてワイルドかつシャープなイメージを確立することで、すみ分けに成功している。

本事例における"超"分析のポイントは、2つある。1つ目は、分析対象範囲を「飲用後」から「飲用前(消費動機)」へとシフトさせたことである。これは、購買・消費行動プロセスの観点から行った、"状態的シフト"を伴う「俯瞰」である。

清涼飲料の消費者は、マスマーケティングの影響や、前回の購買時の記憶、知人からの口コミなど、様々な要素を積み重ね、購買の意思決定の材料としている。したがって、「飲用後」の調査では次回購買時に影響する要素のごく一部しか汲み取れない可能性が高い。そのような背景から、「飲用後」の上流プロセスである「飲用前」の調査に踏み切ったと考えられる。

2つ目は、消費者ニーズを"縦""横""斜め"に多量のサンプルをとり、細かく「分解」している点である。消費者のニーズを捉えるために、4000人強のサンプルに毎回飲料を購入する際の購買動機を事細かに聞くなどして、商品開発に多様な応用をきかせることができる具体的な打ち手の導出に成功している。

ブラウン社*3の新商品投入

1990年代の後半、ドイツのブラウン社は経営上の大きな岐路に立っていた。重要な市場の1つである日本において、1997年に松下電器産業(現パナソニック)から"水洗いできる"という革新的なシェーバーが登場した。これにより、長年シェアトップを維持していたブラウン社は、その年にシェアを逆転され、1999年には15パーセンテージポイントも差をつけられた(松下45%、ブラウン30%)。

そこでブラウン社は、洗浄可能なシェーバーの開発・市場投入を検討するプロジェクトチームを立ち上げる。しかし、それまでドライシェーバーのみを製造していた同社にとって、全く新しいものを開発することになるため、プロジェクトは困難を極めた。「技術的に何が最適か?(水洗いか、アルコール洗浄か)」シェーバーと洗浄機をどう売るか?(別売りか、セット売りか)」セット売りにした場合に、見栄えが不格好にならないか?」顧客や流通はそれを望むのか?」等々、答えを出すべきことが山積していた。

その中でも一番の難問は、洗浄可能なシェーバーの"清潔さ"に関する議論であった。ブラウン社内の多くの人たちには「洗浄可能なシェーバーは、細菌が繁殖しやすい環境を作り、悪臭も放つため不潔である」という信念があり、導入に反対していた。過去にドライシェーバーで築いてきた"清潔さ"という価値を失うリスクを負うことは難しかったと考えられる。

そこでプロジェクトチームでは、"清潔さ"を測るための指標を定義し、サンプルテストの結果を定量化することで、客観的な判断材料を用意しようとした。

具体的には、汚れを"剃りかす""細菌数(増殖率)"等に分解して比較・評価の指標とした。そして、モニター調査により、アルコール洗浄機で洗ったシェーバーとブラッシングしたドライシェーバーの汚れを調べて数値化した。

その結果、洗浄機で洗ったシェーバーは、ドライシェーバーよりも2∼7倍"清潔さ"が高いという結果が導き出され、新商品投入の社内的合意を得ることに成功した。

 

本事例は、"定性情報の量換算"による「比較」を表している。ポイントは、"清潔さ"という個人の感覚によって解釈の差が出る概念を、"剃りかす""細菌数(増殖率)"といったモノ、自然現象へと還元して「量換算」したことが挙げられる。

定性情報に対して、新たに指標を設定する場合は、説得する相手の関心にフォーカスする必要がある。「何が反対もしくは納得のポイントなのか?」についてを相手との議論の中で見極める必要がある。ブラウン社の例でも、プロジェクトチーム側は、反対者の真の理由が「細菌の繁殖、およびそれが引き起こす悪臭」であるということを特定した。そうすることで、関係者が納得する指標を設定して合理的な評価、意思決定につなげることができるのである。

ともすれば感情論や抽象的な議論に陥りそうな状況において、評価可能な指標を基に議論・判断した結果、新規アイディアを実現させて、シェーバー事業の再成長につなげることができた。

"ありがちな分析"にはまる「心理のワナ」

ここまで、超"分析を知識・スキルの面から見てきたが、今度は心理的な面から眺めてみたい。私たちは"超"分析を行うことの難しさは、知識・スキルの面だけではなく、心理的な障害によるところも大きいと考える。そこで、心理的障害を乗り越え、"超"分析を行うためのコツを、ステップごとに述べたい。

まず、「俯瞰」についてである。人には「自分自身がとれる打ち手」によって知らず知らずに思考範囲を縛られるというワナがある。例えば、「パソコンの長時間使用により目がかすむ」といった症状を持つ人に対して、眼科医は"身体"を対象に範囲設定し、生体的な原因を突き止め、薬を処方する。一方、システムエンジニアであれば、"パソコンの使用環境"に対して範囲設定し、眼精疲労を防ぐために、1時間おきに目を休めるようにポップアップのメッセージを出すなど、システムでの対応策をとることになるだろう。このように、それぞれ自分のとれる打ち手を検討範囲の暗黙の前提としてしまう。

ビジネスにおいても、「予算がない」他部署の協力を求めるのは難しい」などの個人の権限のレベルの制約条件が思考の枷となり、本来分析の対象とすべき範囲を見失ってしまうことも多い。

こういったワナを乗り越えるためには、立場の異なる人とのディスカッションや、自分自身での思考実験を通じて、思考の束縛条件を明確に認識することが必要である。「絶対に従うべき束縛条件」と考えていたものを「条件を外れるとデメリットも生じるが、それを上回るメリットがあれば外してもよい条件」という程度に相対化することができれば、範囲設定の自由度は大きく向上する。

次に、「分解」を難しくしてしまうワナとして、人間はある集合を定義した場合に、その集合を均一の性質を持つものと見なしがちな傾向があり、これが分解の切り口を見出しにくくしてしまうということがある("どうせ切っても同じもの同士になるのだから、切ってもムダ"と思ってしまうのである)。

おそらく、複雑な外界の多くの事象をよりシンプルに理解・把握するために物事をグルーピングし、「グループごとに特質を理解しよう」とする自然な心の働きが、対象への均一化した見方を生んでいるのではないだろうか。いずれにしても、自分自身で貼ってしまった「○○は××の傾向」というレッテルに抗って、新たな傾向が見つかる分解の切り口を探すのは至難の業である。

「細かく見たところで違いがない」との思い込みのワナを乗り越えるためには、集合の個々の要素をいくつかサンプリングして、生データに触れてみることが有効である。実際に生データを見てみれば、今まで同一だと思い込んでしまっていた集合の中にも、異なる性質を持つ要素が多く含まれていることを実感できるであろう。特に、想定していた傾向と異なる要素を見つけられたら、それが何に起因するのかをつぶさに観察することで、新たな「分解」の切り口のきっかけとすることができる。

最後に、「比較」の水準を高めにくくしてしまう心理的な背景としては、「結論ありき」の比較をしてしまうということが大きい。具体的には、「こういう結果になってほしい」という部署の都合や、上司や自分自身の思い込みなどを「比較」のスタート地点に置いて、「なってほしい結果を証明する」といったようなケースである。結論を証明したいと思うあまり、合理的に判断の妥当性を検証する(=意思決定の質を高める)という、分析の本来の目的を失ってしまう。

このようなワナへ対処するためには、自分たちにとって都合の良い側面だけを見ようとするのではなく、努めて多面的な情報を集めることが必要である。「上司の合意を得られるように」という狭い視野ではなく、経営の目、株主の目など、色々な目線を想定して、自分たちの主張があらゆる批判に耐えうるようにという意識を持って、情報を収集し、比較を行うことが重要である。

 

今回は、"超"分析の方法論を、事例を交えながら解説した。では、これらの技法をビジネスの実践に活かすにはどうしたらよいだろうか。

分析技術を身につけるためには、受け身の座学だけではなく、自分で考え、手を動かしてみることが何よりも重要である。そこで、次回からは毎回ケーススタディを展開していく予定である。ぜひ、積極的に頭と手を使い、スキルアップの参考にしていただきたい。

「売上げを上げる」第2回)、コストを下げる」第3回)、「業務効率を改善する」第4回)という事業活動の3つのシーンを題材とし、それぞれに特色あるケースを紹介していく予定である。

  • *1『日経 MJ』(2007年3月23日)
  • *2『日経情報ストラテジー』(2008年8月号)
  • *3"Braun:The Syncro Shaver(A )and(B)"(DesignManagement Institute)

03 実践 “超”分析:∼コストを下げる∼

第 3 回のテーマは、 コストを下げる"である。企業活動の目的に寄与しないコストであれば、それらを発見し支払いを停止すればよい。しかし、多くのコストは何らかの企業活動の目的とつながっている。したがって、 コストを下げる"ためには、コストと効果のバランスの中で、下げるべきコストを特定する必要がある。ここでは、車内広告費用のケーススタディで、 超"分析の 3 つのステップ、『俯瞰』 分解』 比較』を試みる。どのようにコストと効果を比較可能な形に定量化していくか。ぜひチャレンジしてほしい。

和菓子屋「小兼屋」のコスト削減

小兼屋の現状と課題

「小兼屋」は、東京・埼玉を中心に 20 店舗を展開している年商 30 億円の和菓子屋である。幅広い定番商品を持ち、地元の人たちに愛されてきた。最近では、4 年前に開発した「和栗ロール」というロールケーキが好評を博している。「甘すぎず飽きが来ない」という点で人気があり、ロングヒットの様相を呈している。

しかしながら、近年の洋菓子ブームに押され、餅・羊羹などの主力商品を中心に売上げが低下し始め、昨年赤字に転落した。小兼屋にとっては収益改善が大きな経営課題であり、コスト削減が必至となった。そこで社長の号令の下、取り組みを開始した。

まずは、社員一丸となって取り組もうということで、以下のような施策が進められた。

  • 調理場における電気・水道代の節約
  • 包装紙、手提げ袋の節約
  • 店員自身による制服の洗濯、など

しかし、3カ月経って業績報告書を見てみると、思ったほどコスト削減効果はなかった。むしろ社員のモチベーション低下が現場から報告され、アルバイトの離職増により、採用やシフト組みなどの管理業務が増えてしまった。

上記のコスト削減がうまくいかなかった原因は、「全体観 を持たずに目に付いたところから取り組んだこと」にある。実 際、今回対象とした電気・水道代、消耗品代、クリーニン グ代などは、いずれも小兼屋の支出全体に占める割合が小 さかった。また、ケチケチ運動によるモチベーションへの影 響という副作用も見落としていた。

以上を反省点として、「全体観を持った上で、より合理的なコスト削減のアプローチ」を取る必要がある。

『俯瞰』と『分解』で取り組み対象を設定する

むことが必要である。そのために『価値的な俯瞰』を行った上で、性質に基づいた『横の分解』により支出を整理した。具体的には、以下のような項目がある。

  • 原材料費
  • 人件費
  • 店舗賃料
  • 減価償却費(内装工事費用など)
  • リース料(厨房機器や備品など)
  • 広告宣伝費
  • 消耗品費(箱・包装紙・袋・紙ナプキンなど)
  • 公共料金(水道光熱費・通信費)
  • 店舗・設備修繕費
  • 制服クリーニング代
  • 保険料

小兼屋は、各費用について、取引先との交渉による価格 見直し、無駄の削減などで着実にコストを削減していくこと に成功した。

しかし、それでも大きな問題が残った。各費目のコストが順調に削減されていく一方で、広告宣伝費がまったく削減できていない状態だったのである。小兼屋の広告宣伝費は、そのほとんどを葉月鉄道への車内広告に使っている。小兼屋は20 店舗の約 7 割を葉月鉄道のA路線沿いに出店していたので、広告も同路線にのみ出していた。毎日800 枚のポスター(8 両編成の電車100 本)を出して、年間1億円支出している。広告宣伝費引き下げのため、広告代理店と交渉をしたものの、小兼屋が出稿しているA路線は人気路線であるため、値引きは難しいとのことだった。また、出稿量を減らすと売上げが減る恐れがあり、その影響度合いがわからない状況では出稿量削減にも不安が残るため、小兼屋は広告宣伝費削減のための施策が打てずにいた。

それでも、小兼屋の社長は、赤字脱却を決意していたので、信頼している幹部社員のX氏に、広告宣伝費の抜本的な見直しを指示した。

X氏は、広告宣伝費の値引きが困難である以上、コスト 削減のためには出稿量を減らすしかないと考えていた。そこ で、出稿量の削減を考えるにあたり、まずは手始めに、社 外の知り合いに小兼屋の車内広告について尋ねてみると、 「あるのが当たり前になっていて、今さら注意して見ることは ない」とか、「何度か商品を買っているが、広告を見て、買い たいと思うことはない。小兼屋の商品を知らない人には意味 があるかもしれないが、自分には効果はない」とかいう意見 が返ってきた。

X氏にとっては、A路線に乗るたびに親近感を持って眺め、今まで漠然と広告は売上げに効果があると思っていただけに意外な反応であったが、削減の余地がありそうなことが確認できた。

消費者の購買行動と広告との関係を『俯瞰』する

AIDAモデルで広告の効果を考える

広告宣伝費の見直しを考える場合には、一般的には広告 (テレビ、ラジオ、雑誌など)だけでなく、販売促進(サンプ ル・クーポン配布、POP掲示、実演販売など)や口コミ(ア フィリエイト)など、あらゆるプロモーション方法を検討対象 とする必要がある。その中で各施策にどれだけ配分するかを 決めることが重要である。

ただし、今回の小兼屋のケースでは、赤字脱却が企業目 標になっていること、広告宣伝費は支出額が1億円と大きく、 出稿量に削減の余地がありそうなことを踏まえて、まずは"車 内広告の出稿削減"を目指して検討を行うことにした。

〈問題①〉
出稿量の削減をどこまで行えるかを考えてください。

最適な出稿量を求めるにあたって、まずは、広告一般/車内広告が消費者にどのような影響を与えるかを理解することが重要である。

まず『状態(プロセス)的な俯瞰』を使い、消費者の購買に至るまでの状態の変化を考えてみる。ここでは一般的なフレームワークである「AIDA(注目:Attention、関心:Interest、欲求:Desire、行為:Action)モデル」を使う。このモデルによると、広告は「購買という行為」を引き起こすために、商品情報を消費者に伝え、彼らの「注目」を集め、「関心」を引き、商品に対する「欲求」を高める働きをする行為であると理解できる。

なお、「注目」 関心」を通じて「欲求」が高まるルートとしては、以下の 2 つがある。

  • 商品が備える機能やそれによる便益を理解させる(商品自体が欲求の対象であると理解させる)
  • なりたい自分になれる」というイメージを想起させる(自己実現のための手段として商品が有用であると伝える=ブランドイメージの形成)

後者のルートは、もともと商品自体に興味がなかった場合であっても、「なりたい自分になれる」ことをアピールすることで、商品に対する直接的な欲求を引き起こすことが可能である。一方で前者のルートは、広告が効果を発揮するためには、すでにニーズが存在するか、商品の情報を記憶させ、ニーズが発生した際にその記憶を想起させるかのいずれかが必要となる。

車内広告では「欲求」は高めにくい

次に車内広告の特徴を見ていく。

車内広告は、同一顧客に対して繰り返し自社の広告を見せ ることが可能であるため、「商品情報を記憶に浸透させやす い」という強みがある。AIDAモデルとの関係では、「注目」 や「関心」への働きかけの力が強い媒体と位置づけられる。 一方で、車内広告はAIDAモデルにおける「欲求(ニー ズ)」を高める効果が低いという弱みがある。テレビなどの動 きがあるメディアに比べて、イメージを介して価値観・ライフ スタイルを提案することが難しく、また、特定セグメントに 向けた雑誌のように、ある価値観を持っていることを前提に 特定のメッセージを伝えることも難しい。したがって車内広 告では「なりたい自分になれる」というイメージ(ブランドイメ ージ)を形成させにくく、「欲求」を直接的に高めることには 不向きである。

これらの強み、弱みを踏まえて車内広告の効果を示したも のが図表1である。車内広告の効果は、「注目」や「関心」の 高まりを通じて商品に関する情報を"記憶"させ、 広告とは 独立に)ニーズが発生した際に商品を選んでもらう確率を高 めることであることと定義できる。

図表1 購買のメカニズム(AIDAモデル)と車内広告の関係

ここで、「広告内容の記憶への浸透を通じた購買拡大」と いう効果については、新規顧客に対しては効果がある一方 で、既存顧客に対してはほとんど効果が期待できないことに 注意が必要である。情報提供し、記憶してもらうという役割 においては、車内広告上でどれだけ雄弁に購入のメリットを 語ろうとも、実際に来店・購入した経験による記憶を上回る ほどのインパクトは与えられない。

車内広告の内容が刷新される(新商品を告知する/既存商品に関して今までとは別の情報を伝える)場合には、既存顧客に対して、別種の情報を提供することで、購買を促す効果が発揮されるケースもあると考えられる。しかし、小兼屋には和栗ロール以外に広告対象とすべき商品が見当たらず、コンテンツのデザインも刷新していない現状にあっては、車内広告は既存顧客への打ち手になりにくい。

以上のような車内広告の特徴を踏まえて、X氏は車内広告の効果を測定し、売上げ減少をもたらさない出稿量を求めることにした。

『俯瞰』と『比較』で効果の測定方法を設計する

〈小問題①-1〉
小兼屋の車内広告の効果をどのように測定すべきでしょうか。

『状態(プロセス)的な俯瞰』でモデルを構築する

X氏は、自社の広告効果を測るために、いろいろと既存の手法を調べた。一般的に、広告効果は、「購買した顧客の商品認知ルートを調査し、広告を通じて知った人の量で測ることが多い」との知見を得た。しかしながら、その方法では、現在の売上げへの寄与はわかるものの、出稿量が変化した場合の売上げ増減の予測は困難であり、X氏が知りたい、「広告の出稿量をどこまで減らせるか?」との問いには答えが得られないように思えた。

実際にビジネスで行き当たる多くの問題において、既存の分析モデルをそのまま適用できることはむしろ稀である。多くの場合、既存のモデルを何かしら組み替えて使うか、自分自身で因果関係を捉えなおし、新たなモデルを構築する必要に迫られる。今回X氏も自分自身で広告効果のメカニズムをモデル化し、出稿量の減少に対する売上げのインパクトを求めていくことにした。

モデル化というと、専門的な数学知識がないと作れないもののように感じるかもしれない。しかしながら、『状態(プロセス)的な俯瞰』を行い、打ち手によって「コントロールされる要素」と、「目的とする指標」、それに「両者の因果関係」を把握することで、専門的な知識がなくてもビジネスの現場で役に立つモデルの構築は十分可能である。

今回は、「コントロールされる要素」として"車内広告出稿量"を、「目的とする指標」として"広告により小兼屋を記憶する人数"を用いることとする。本来的には、「目的とする指標」は"小兼屋の売上げ"とすべきであるが、図表1で見たとおり、車内広告は記憶(「注目」 関心」)に影響を与えるだけで、「欲求」は独立的に発生するものである。したがって「欲求」は所与と考え、記憶に変化がなければ売上げも保たれるので、記憶量を測ることで目的を達成できると考える。

また、「両者の因果関係」としては、X氏の知り合いの「車内広告は、毎日電車に乗り続けている人には新味に乏しく、追加的な効果はない」とのコメントも参考に、車内広告を減らすことと乗客の記憶への影響の関連とする(仮説的には出稿量を一定量減らしても影響が少ないことが想定される)。因果関係の把握に当たっては複雑な理論は必要ない。むしろ、X氏が調べてわかったように理論がない領域であるので、実際に自ら小規模に広告の出稿量を増減させてその影響を測ることが有効である。具体的には、以下の 2 つの「実験」を行う。

第1に、「広告出稿量の減少→広告内容の忘却」の関係を明らかにする実験を行う。これを通じて「出稿量を減らした場合において、何割の乗客が広告内容を忘れるか」を求める。調査は、A路線に乗る人を対象として、広告出稿の減少に前後してアンケート/インタビューを行う(=「既存乗客への広告減少の影響調査」)。

第 2に、「新規乗客の流入に対する記憶の定着度合い」の関係を明らかにする実験を行う。これは、第1の実験で得られた出稿量で、すでに十分に記憶が浸透した既存顧客の記憶は保たれるが、記憶の定着していない乗客(主として沿線に新たに転入してきた住民)の記憶の定着度合いの上昇が不十分となる(転出した人数を補うだけの転入者への記憶の定着が図れない)可能性があるため、新規乗客へ十分な記憶定着を行うための出稿量を求めることを目的とする。調査は、今まで車内広告を掲載していなかったB路線に広告を掲載し、出稿に前後して一定以上の頻度で路線を利用する乗客にアンケート/インタビューを行う(=「新規乗客への広告増加時の影響調査」)。

『定性情報の定量化による比較』を行う

なお、以上のモデルで定量化しようとした場合、記憶の程度をどう定義するかということが重要となる。

一言に記憶するといっても、 すぐに思い出すことができる状態"から、 きっかけがないと容易に思い出すことが困難な状態"まで様々である。それらの連続的な記憶の状態に対して、すべてを「記憶している」と「記憶していない」に二分してしまってよいのであろうか。

X氏は自分の買い物のシーンを『状態(プロセス)的な俯瞰』にて思い出してみた。すると、「記憶している」ということが購買に影響を与えるものとして大きく2 つのパターンがあることに気がついた。1つは、「ある個別商品が、購買したい商品カテゴリに含まれている」ことを記憶している状態である。例えば、「"日清焼そばU.F.O."はカップ焼きそばである」ということを知っている状態がこれにあたる。この場合、スーパーで商品が並んでいるのを見た時に、まったく知らない

商品に比べて、手に取る確率が高いように思われた。

もう1つは、「購買したい商品カテゴリから、ある個別商品を想起できる」ほどの記憶を持っている場合である。例えば、「カップ焼きそばといえば"日清焼そばU.F.O."」と想起できるような場合である。この場合、あるカテゴリの商品を買いたいと考えた時にその個別商品を頭に思い描いて目的買いするので、単に商品とカテゴリの結びつきを知っている場合に比べて、購買の確率は更に高まるように思われた。

よって、記憶の段階としては、「小兼屋を和菓子屋であると知っている」という段階と、「和菓子といえば小兼屋と想起できる」という2 段階でモデル化を行うこととした。以下、この記憶の各段階をアンケート調査により定量化する。すなわち、『定性情報の定量化による比較』を行うのである。

『縦の分解』で広告の記憶に対する効果を調べる

〈小問題①-2〉
広告の出稿が記憶の段階に与える影響を調査するために、どのような調査を行うべきか。広告を増やした場合、減らした場合それぞれについて考えてください。

既存乗客への広告減少の影響を調べる

乗客へのアンケート/インタビューを行って、出稿量を減少させる実験による影響を測定する。ただし、全線で出稿削減を実行すると、売上げへの影響が懸念されるので、ある一定の時間帯や、一定の区間などで限定的に削除し、その時間/期間の利用者に対しての影響を分析する。

その際、試験的に減らす出稿量は『縦の分解』によって、現在の出稿量から−10 ∼−50%までの10%刻みで実験することとした。

図表 2、図表 3に示した結果から、現在の出稿量の−30%程度であれば、2 段階のいずれの記憶の深さにおいても現状の記憶レベルはキープできる可能性が高い。

図表2 広告出稿量の削減で、「和菓子屋として小兼屋を認識する人」の割合はどう減るか(実験結果)

図表3 広告出稿量の削減で、「和菓子屋といえば小兼屋を想起する人」の割合はどう減るか(実験結果)

なお、出稿量を−30%とした場合、3カ月間で記憶する人が減少する割合から、1年間で記憶する人の減少分を求めると、約 4%程度との結果となった。

新規乗客への広告増加時の影響を調べる

上記の減少させた出稿量では、A路線に乗り続けてすでに記憶に浸透している顧客に対しては効果をキープできるものの、沿線住民の入れ替わりによる新規顧客には従来の出稿量と同等の効果を発揮できないと想定される。実際、「既存乗客への広告減少の影響調査」時に、別途A路線の新規乗客に対してアンケート/インタビューを行ったところ、「従来から30%減らした出稿量水準では今まで記憶していなかった人の広告内容の記憶への定着は半分以下に落ち込む」ことが確認された。そこで住民の入れ替わりを考慮し、一時的に広告出稿を増加させ、記憶の定着を上げることを定期的に繰り返す打ち手を考える。

A路線沿線はここ十数年、流出率・流入率はともにおおむね 8%程度で推移している。したがって、広告を3 割減で固定した場合の1年間の推定する記憶の減少率 4%に、沿線住民の入れ替わりによる減少も加わり、年間で約1割小兼屋を記憶する乗客が減ることとなる。X氏はこれを防ぐために従来と同じ量の出稿を行う期間を設けることを考えた。その期間をどの程度に設定すれば、入れ替わりの影響を最小限に抑えることができるかを検討することとした。

広告の減少時と同様に実験を行い、効果を測定する。ただし、A路線では広告の出稿が続いているため、記憶していない状態からの記憶段階の上昇を確認するには不向きと考え、今まで広告掲載を行ったことのないB路線について一定期間広告を掲載し、期間前後での顧客の記憶の定着を測定することとした。

測定結果を示した図表 4を見ると、時間がたつにつれ、認知する率が上がっているのが確認できる。A路線とほぼ同程度(「小兼屋を和菓子屋と記憶:約 5 割」 和菓子屋といえば小兼屋と想起:約 3 割」)まで記憶させるのにかかる期間は 3カ月と推定された。

図表4 B路線乗客に対する、小兼屋の認知度の時間推移

以上より、「広告出稿を9カ月間は 30%減らすこと」 入れ替わりの住民、広告の記憶への効果の低下のために現状と同等の広告出稿を、毎年 3カ月度行うこと」を決めた。

これにより、広告出稿量は現在の 23%減となり、広告費としては約 2000万円の削減となる。

(−30%×9カ月/ 12カ月=−23%、1億円(現在の出稿量)×23%= 2300万円)。

利益を極大化する広告出稿量を求める

〈問題②〉
利益を極大化するために車内広告の出稿量をどのように見直すべきか考えてください。

限界利益を算出してみる

ここまでは、「現在出稿している広告の"コストを下げる"こと」を目的として分析を行った。しかし、企業活動を考えた場合、 コスト削減"ではなく"利益拡大"が本来的な目的である。そこでここからは、コスト総額自体は増えるが、それ以上に利益を生む状態の実現を目指す分析を考える。

この分析では、『ビジネス指標による比較』を行うために、利益の概念として「限界利益(=売上げ−変動費)」を用いる。限界利益がプラスの時には、販売によって少なくとも固定費の回収ができるため、事業活動を行うほうが得と判断される。したがって、広告に置き換えて考えれば、出稿しても得となるのは、新たな広告出稿で増える購買客の限界利益が広告出稿費用を上回る(限界利益>出稿費用)場合となる。

小兼屋の限界利益率を求めてみる。売上げに占める変動費としては、原材料費(廃棄ロスを含む)の割合が45%、消耗品費(箱・包装紙など)の割合が 5%である。これら以外は固定費と見なすと、変動比率は 45%+ 5%= 50%である。よって、限界利益率は、1−50%= 50%となる。

記憶と購買の関係を把握する

先にA路線については出稿の最適化を行ったので、限界利益を最大化させるためには、他の路線への出稿について考える必要がありそうである。そこで、X氏はA路線以外の路線に出稿した場合、限界利益がどのように推移するかを調べ、他路線への広告出稿を検討することとした。まずは、広告内容の記憶への浸透を通じて、購買がどれくらい増えるか求めることにした。先述のAIDAのモデルで広告の認知から購買までを表現すると、図表 5 のとおりとなる。注目∼関心の流れは、広告出稿量と記憶のモデルとして先に説明したとおりである。その後、「注目」 関心」により商品の記憶が定着していれば、偶発的に生じる「欲求」 何となく甘いものが食べたくなった、お土産が必要など)をきっかけとして、購買という「行為」に至る確率が高くなる。

図表5 広告効果の測定モデルの全体像∼新規顧客の購買の流れ∼

出稿→記憶→購買との影響の関係を考えれば、すでに記憶の度合い(「関心」)を引き上げるために必要な広告出稿量は把握しているので、購買を増やすために必要な広告出稿量を求めるためには、あとは「購買」という行為を引き上げるために必要な記憶の度合いを把握すればよい。詳細な方法については、誌面の都合から説明を割愛するが、アンケート/インタビュー調査により、記憶の段階ごとの購買率は図表 6のとおりとなった。

図表6 記憶の段階ごとの購買率

追加的に出稿すべき路線を導出する

次に、追加的な広告出稿によって増加する売上高を求めていく。先に見たとおり、小兼屋はA路線周辺に重点的に出店していたので、車内広告についても、A路線のみに出稿していた。しかし、顧客が利用する主要路線はB∼E路線まであり、これら路線へ新たに広告を出稿することで売上増が見込めると考えた。

小兼屋の最寄り駅の乗降客数の合計は、20 店舗合計で270万人/日である。今回の調査では、店の前を通る人に「通常利用している路線は何か?(複数回答可)」を聞いた。その結果は、図表 7のとおりである。

図表7 小兼屋の最寄り駅を利用する人の利用路線および購入経験の有無の構成

A路線を中心に出店しているだけに小兼屋の最寄り駅としては、「A路線を利用」している人数が最も多いが、A路線を利用せずに他の路線を利用している人も100万人おり、中でもB路線を利用する人が 75 万人で最も多い。

これら各路線に対して、先に求めたものと同様の広告出稿(3カ月間は、全車両に出稿。残り9カ月間は 3 割減の出稿量)を行うにあたって、必要となる路線ごとの出稿費は図表8 に示したとおりである。

図表8 各路線で必要となる広告出稿費

〈小問題②-1〉
図表 6 及び上記背景情報を踏まえて、限界利益を最大化させるためにはどの路線に出稿すべきか考えてください。なお、顧客の購入1回当たりの平均購入金額は、2400 円、年間平均購入回数は 2 回とします。

路線ごとの限界利益が広告出稿費を上回る路線を選定すればよい。ここでは、今まで出稿を行っていたA路線の次に利用者が多いB路線への出稿を検討する。B路線に出稿することで、普段小兼屋の前を通るB路線利用者のうち、どの程度購買客が増えるかを考える。

まず、広告出稿による記憶への効果は前述の実験で求めた数値を使う。広告出稿前の記憶の状態は、「既存乗客への広告減少の影響調査」にて確認した 0カ月時点(初期状態)の記憶の状態であるから、小兼屋を和菓子屋として知っている人が15%、和菓子屋といえば小兼屋を想起する人が5%、残り80%が小兼屋を知らない人となる(図表 9 の②)。

図表9 B路線の未購入者における、広告出稿による年間購入者の増加シミュレーション

また、広告出稿後の記憶の状態は、「既存乗客への広告減少の影響調査」にて測定した、3カ月後(おおむねA路線と同等程度の記憶状態となった時点)の記憶の状態であるから、小兼屋を和菓子屋として知っている人が 50%、和菓子屋といえば小兼屋を想起する人が30%、残り20%のそれらいずれでもない人が小兼屋を知らない人となる 図表 9 の⑤)。また、小兼屋の最寄り駅を利用する人のうち、B路線の利用者で、小兼屋で購入したことのない人数は図表 7より50万人となり、これにそれぞれの記憶状態の構成比を掛けることで、未購入者のうちのそれぞれの記憶段階に属する人数が明らかとなる(図表 9 の③、⑥)。

それぞれの記憶状態ごとの購買率は、図表 6で示した実験結果(未購入の客のうち、小兼屋を知らない人の1年間の購買率は1%、小兼屋を和菓子屋と知っている人は7%、和菓子屋といえば小兼屋を想起できる人は10%)を用いる(図表 9 の①)。これを広告出稿前、広告出稿後それぞれの記憶状態の人数に掛け合わせれば(図表 9 の③、⑥)、広告出稿前の新規購買客は1.2 万人程度(図表 9 の④)であったものが、広告出稿により3.4万人程度(図表 9 の⑦)となる。購買客は、3.4万人−1.2 万人= 2.2 万人増える。購買単価、購買回数を勘案すれば、得られる売上げの増加は、約1億円と見込まれる。(3.4万人−1.2万人)×2400円/回×2回=1億0560万円

B路線では、限界利益が広告出稿費 5000万円を上回る(1億 0560万円×50%−5000万円= 280万円)ことになり、広告出稿するべきとの判断となる。売上げ1億円の増加も考えれば、小兼屋にとってのインパクトは小さくなさそうである。一方で、その他すべての路線では、計算過程は割愛するが、限界利益を広告出稿費が上回り、広告出稿を行うことで損をすることになる。

以上のように、今回は分析の深さを追求する都合上、対象を「車内広告出稿量の最適化」にフォーカスした。しかし、本来的には、小兼屋の「広告宣伝費支出全体の最適化」ということまで考える必要がある。具体的には、顧客を新規と既存に分け、売上げ・利益極大化の鍵となる「固定客確保」を目的として、「"新規顧客の流入促進""顧客のリピート促進""固定客の離反防止"に対してどのような打ち手を打つべきか?」 どこにどれだけ資源を配分するか?」と考えることが必要である。読者の皆さんは、これらの観点も含めて、身の回りの広告・販促のあり方について考えて、分析力を日常的に磨いてほしい。



<プロフィール>
小清水  大 (こしみず・だい)
京都大学工学部卒、同大学大学院工学研究科修了。 国内事業会社(インフラ設計関連)を経てA.T. カーニーに入社。 エネルギー、化学、物流、小売業界を中心に、全社戦略(グループガバナンス、シナリオプランニング、ポートフォリオ戦略、中計策定支援)、事業戦略、オペレーション改革等を支援。


兼松  浩介 (かねまつ・こうすけ)
A.T. カーニー アソシエイト(本稿執筆時)
1978年米国ノースカロライナ州生まれ。2003年東京大学教養学部(国際関係論)を卒業し、A.T. カーニーに入社。金融、IT、エンターテインメント、自動車、ケミカル等の業界に対する全社戦略、新規事業戦略、営業改革、業務効率化、コスト削減等のプロジェクトを手がけている。

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