“超”分析:問題解決力を高める技法 02
実践 “超”分析:∼売上げを上げる∼


 第1回では、 超"分析を行うための3つのステップ、 「俯瞰」「 分解」「 比較」を概観した。第2 回からは、 それをどのように使いこなすか?"を体感できるケーススタディを提示する。今回は、 プロ野球球団の売上げ向上」が課題だ。「問題」に対しては、まずは自分なりの答えを考えてみてほしい。自らの思考プロセスと解答例の思考プロセスを照らし合わせる作業を通じて、自分の思考の癖を把握したり、フレームワークを活用した思考の広がりを実感したりすることができるだろう。それが分析力向上につながるはずである。

プロ野球A球団の売上げ向上

A球団の現状と課題

地方都市A市(県庁所在地、人口100万人超)を本拠地とする、プロ野球A球団のホームグラウンドのA球場は、駅からのアクセスも良い場所に立地している。A球団は長年地元のファンに支えられてきた。しかし10 年ほど前から、選手の年俸の上昇が目立つようになる一方で各種の収益は減少を続け、球団経営の悪化が著しい。

球団側も、これを看過していたわけではなく、「選手の動きを間近で観戦できるシートの設置」 ファン感謝デーでのサービスの充実」 新マスコットキャラクターの開発」など、様々な打ち手を講じてきた。それらの効果もあって、年間の観客動員数は 5 年前の110万人から昨年度は130万人に伸びてきている。しかしながら、上記の観客動員数では収益減少を補うほどのインパクトはなく、利益向上のためには、コストの削減とあわせて、さらなる観客数の増加が必要である。

このような状況の中、A球団は「現在の年間来場者数130万人をさらに 30%アップ(+約40万人)させる」ことを目標として、抜本的な来場拡大策の検討を始めた。球団の経営指標の中で、 年間来場者数"を目標に掲げた理由は、球団単独での改善の可能性が高く、改善による経営への波及効果が大きいと判断したためだ。球団の主な収益源は主に「チケット販売収入」 放映権収入」 広告料収入」 物品販売収入」の 4つからなっているが、これらのうち「放映権収入」は、全国的な人気に乏しいA球団では、伸びる余地はほとんどない。

そこで、残る3 つの収入を向上させるための共通因子である"年間来場者数の増加"を目標として取り上げたのである。

このような流れの中、A球団の経営企画部に所属するY氏は、「可能な限り合理的に分析し、 年間来場者数 30%アップ"につながる具体的な打ち手を挙げよ」との指示を上司から受けた。まず、Y氏は現在の来場顧客について調べてみた。すると、来場者の来場の頻度と現在の球場に対する不満が、図表1、図表2に示すとおりであることがわかった。

これらの背景情報なども参考に、読者の皆さんも、Y氏の立場にあるつもりで分析に取り組んでもらいたい。

〈問題〉
ファンの来場機会を増やすための打ち手を洗い出し、有効なものを特定してください。

まずは自分なりの答えをじっくり考えてもらいたい。

陥りがちな心理のワナ

さて、皆さんなりの解答はできただろうか?解答例を示す前に、注意点を共有するとともに、第1回で解説した3つのステップを振り返りたい。

問題で「打ち手を洗い出し、有効なものを特定してください」と言われているので、いきなり具体的な打ち手を考え、その洗い出しに終始した読者がいるかもしれない。

  • 割引チケットを作る
  • 食事をおいしくする
  • きれいなトイレを設置する
  • 既存来場者のリピート化を促すためにポイント制度を導入する
  • 男女の出会い系シートを作る
  • 花火を打ち上げる

…など

アイディアとしてはいろいろと考えられるが、それぞれ、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の感は否めない。Y氏の上司からのオーダーである「可能な限り合理的に」という要件を満たすためには、単なるアイディア出しを超えた分析的なアプローチが必要である。

図表1 来場頻度の分布

 

分析の3つのステップ

分析的なアプローチを行うには、分析の基本ステップである『俯瞰』 分解』 比較』を活用する。具体的には、A市及びその周辺にいる人たちを十把一絡げに捉えるのではなく、『俯瞰』によってそもそも来場可能性が高い対象顧客を捉え、対象顧客を『分解』して有望なセグメントを洗い出し、個々のセグメントの有望さを『比較』していくつかのセグメントを選び出すことが大事である。その段階を経て初めて、効果のある打ち手を考えていくことができるのである。

以下、「『俯瞰』による対象顧客の設定」『分解』による対象顧客のセグメンテーション」 セグメントの『比較』と打ち手の導出」の 3 つの段階に分けて解説を行っていく。

『俯瞰』による対象顧客の設定

まずは『俯瞰』である。最初の問題に答えるためのステップとして、以下の小問題①に答えることを考えてほしい。

〈小問題①〉
来場の対象となる顧客層を設定してください。

『空間的な俯瞰』で顧客を捉える

図表 3は、図表1の来場頻度のデータをもとに、延べ来 場者数を来場頻度ごとに振り分け(図表 3 の①)、これを各 層の来場頻度の平均値(②)で割ることで、実際の個々人の 人数に引きなおしたものである(③)。

年間の来場が平均12 回を超える(月2 試合以上観戦)ヘビーユーザー層は、ごく一 部であることがわかる(0.7+0.8+ 0.5 = 2 万人)。また、今までいくつか打ってきた施策は、「もともと球場に足を運んでいた人」に向けた打ち手であることを考えれば、今後さらに追加で顧客を集めるためには、今まで施策の対象としてきた「もともと球場に来ている人(ヘビーユーザー)」に向けて更なる施策を打つのではなく、「今現在は球場に足を運んでいない/時々しか足を運んでいない人(ライトユーザー)」に向けて新たな施策を検討することが必要であるといえる。

図表3 来場者数と個人数

ここで現実的な対象顧客層を捉えるために『空間的な俯瞰』を行う。野球観戦のために泊まりがけで出かける人はそれほど多くないことを考えると、A球場を中心として、そこへのアクセスがせいぜい2 時間圏内の人が来場可能性の高い層であると考えられ、この圏内に住む人を検討対象顧客層とする。ここでは、仮に人口を200万人とする(2 時間圏内には、A市以外にも100万人の人口がいると想定)。

約 200万人の潜在顧客まで絞り込んだが、これら全員に同質に打ち手を講じるのも、まだ効率が悪い。200万人のすべてが顧客となりうるわけではないので、何らかの基準により対象を『分解』し、さらに範囲設定を進める。したがって、最初の問題を考えるためには、続けて以下の小問題②の答えが必要となる。

『分解』による対象顧客のセグメンテーション

〈小問題②〉
分析対象のA市及びその周辺人口 200万人から、打ち手が有効に働く層を見つけるために、対象をいくつかのセグメントに分けてください。

『縦の分解』:「年齢」で顧客を分ける

セグメントを切る場合、セグメントごとに特徴的なニーズがあって初めて「切る」意味がある。ここで対象の 200万人を捉えやすくするために、「年齢」という『縦の分解』を行ってみる。

ライフステージを考えた場合、親への依存度が高い学生と、経済的に自立している社会人では、価値観に違いが出てくる(25 歳辺りが境)。また、子供が生まれて育てる時期(25∼45 歳辺り)では、子供を中心とした価値観が芽生える。さらに、子育てを終了したり、働き盛りを過ぎていくと、子育てや仕事という目標以外に、家庭での生活や自分の趣味に関わる価値観が強くなる(45∼65 歳くらい)。また、完全にリタイアすると人的ネットワークも変わり、新たな価値観が生じる(65 歳以上)。

もちろん同年代であっても価値観やニーズが違うということはあるので、均質とみなすことは乱暴であるが、大まかにニーズの違いを捉える場合には、「年齢」という切り口は有効である。

『横の分解』「一緒に過ごす人」を軸にする

次に、もう1つ別の角度からセグメントを分解し、ニーズをより特徴的に際立たせるようにしたい。

まず、「プロ野球の試合を見る」という行為が、どのようなニーズに基づくものかに立ち返って考える必要があるが、ここは素直に生活の中のストレス発散、気分転換など"レジャー"の一環と考えるのがよいだろう。

レジャーに対する人々のニーズとその変わり目を押さえることが必要になるが、そのためには、人々の生活シーンをリアルにイメージしてみることが重要である。そこで有効なのが、"超"分析の『状態(プロセス)的な俯瞰』である。

例えば会社員について、平日であれば"朝起きて家を出るまでの身支度""家から会社までの通勤""オフィスでの仕事""仕事後の付き合い""帰宅までの移動"など、休日であれば、 朝起きて家で過ごすこと""家族または友人との外出"など、さまざまな状態がある。これら種々の状況下において、ニーズを決定付ける重要な要素は何であろうか?

人は、レジャーとしての時間を自分以外の誰かと一緒に過ごすことが多く、誰と過ごすかによって、自分自身の役割を変え、意思決定の仕方を変えていることが多い。

例えば、平日の夕方は、職場の仲間とワイワイ騒ぐために何をするかを考え、休日の昼間は、家族を楽しませるために何をするかを考える、というように、同一の人物が誰と過ごすかによって異なる目的を持って行動することになる。

一緒に過ごす人を『横の分解』を使って分けると、以下のようになる。

  • 1人で
  • 配偶者と
  • 子供と
  • 父または母と、その他の家族と
  • 職場や学校、その他の仲間と

…など

図表4 「年齢」と「一緒に過ごす人」で分けたセグメント

このように『縦の分解』 横の分解』で潜在的な対象顧客を切った場合、セグメントは図表 4 のように分かれる。次に、上記のセグメントごとの有望度を求め、その後に、各セグメントに対する具体的な打ち手を考えていただきたい(〈小問題③〉参照)。

〈小問題③〉
有望と思われるセグメントを選び出した後、各セグメントに対する具体的な打ち手を考えてください。

『比較』で有望なセグメントを抽出する

まず、有望なセグメントの抽出を行う。そのためには、各セグメントの人口ボリューム感をつかむ必要がある。人口という『物理的指標による比較』を行うのである。ただし、ここでは単純な人口を出すのではなく、「野球の試合が開催されている時に、球場に足を運ぶことができる人」という意味での人口を用いる。具体的にいえば、試合が開催されている時間帯に仕事中の人は球場に足を運ぶことは難しいであろう。一方で、食事中の人であれば球場に足を運んでもらい、球場で食事をしてもらうことが可能かもしれない。したがって、ここで「足を運ぶことができる人」とは「試合時間中に仕事や家事などで拘束されていない人」であると定義する。

さらにこの時、移動時間も考慮する必要がある。つまり、「試合時間中に仕事や家事をしていない」だけでは、野球の試合を見るための条件としては不十分であり、球場まで1時間の移動が必要だとすると、野球を見る1時間前から、拘束されていない時間となっていることが必要である。したがって、対象となるのは「A市及び周辺都市の人口 200万人のうち、野球を見始める時間+移動時間前に、拘束されていない時間となっている人」と定義できる。

ここで今回、「野球を見始める時間」を平日は19 時(試合開始は18 時)、休日は14 時(試合開始は14 時)として考える。平日については、試合開始時間ぴったりから試合を見ていなかったとしても、19 時の段階では、1∼3イニング程度の序盤であることが多く、試合を見始めて十分に楽しめる時間であると考えた。休日については、昼食を終えた後に出発して、球場に向かうケースを想定した。移動時間については、A市内は0∼1時間、A市周辺都市(100万人分)については1∼2 時間かかると想定した。分析の対象は図表 5 に示した人々となる。

以上を踏まえ、各セグメントの人口ボリュームを算出する。計算を行うにあたって、潜在顧客の時間の使い方を知る必要がある。今回は、総務省の「社会生活基本調査」をもとにデータを作成した。

性別、年齢別に、図表 5 の条件により来場可能な人を絞り込み、それらの人が誰と一緒に過ごしているかを分析したところ、図表6の通りになった。

人口ボリュームが大きいセグメントとして、1万人以上の箇所に着色を施している。中でも濃く着色しているところが、一体として捉えられるボリュームが大きい箇所で、有望なセグメントと考えられる。平日(18:30)では、「男性の 25∼44 歳・45∼64 歳、女性の 25 歳未満、25∼44 歳での"職場・学校・その他の仲間と一緒"」というセグメント、休日では、「男女とも25∼44 歳、45∼64 歳の"子供と一緒"」というセグメント、平日・休日両方では、「男女とも45∼64歳・65 歳以上についての"1人"か"配偶者と一緒"というセグメント」である。

図表5 来場可能な対象者

図表6 セグメント別の人口ボリューム(来場可能人口)

それぞれのセグメントを代表的に①会社員、②親子連れ、③シニア夫婦、④シニアシングルと呼ぶことにする。

ちなみに休日の"その他の家族""職場・学校・その他の仲間"は、 その他"という部分が、データの制約上分解できないため、一括りで捉えられない層として有望セグメントからは除く。

打ち手(仮説)を導出する

対象セグメントを特定することができた。ここに至ってやっと本格的に打ち手を考え出す。

打ち手は、「顧客ニーズ」に基づくものであると同時に、「野球(または球場)が提供できるコンテンツ」によって成り立つものであることが必要である。

まずは、顧客ニーズの洗い出しであるが、縦横では切れないサイコグラフィック(個々人の趣味・嗜好のような心理的属性)な要素を捉える『斜めの分解』を使う。今回、レジャーに対するニーズを洗い出すにあたっては、人間の根源的な欲求を考えることが必要となるが、その時にマズローの欲求の5 段階(生理的欲求、安全の欲求、帰属の欲求、自我の欲求、自己実現の欲求)などのような心理学に基づくフレームワークを使うことが有効である。

また、野球(または球場)が提供できるコンテンツの洗い出しは、野球のゲームに対する『状態(プロセス)的な俯瞰』や野球場に対する『空間的な俯瞰』を行うことで洗い出せる。

  • スター選手
  • 試合の勝敗
  • 各選手のプレー
  • 監督の采配

…など

このような野球のコアなコンテンツに限ってしまっては、コアな野球ファンしか呼べない。

潜在的な顧客を増やすためには、以下のようなコンテンツまで使って、効果的な打ち手を考える必要がある。

  • スタジアム(周辺の植生、グラウンドや空という広大な空間、座席など)
  • ファン同士のつながり(コミュニケーション、お祭り的な雰囲気、地元意識など)
  • グッズ、飲食物

…など

そして、上記のニーズ・コンテンツの組み合わせで打ち手を考えていく。例えば、以下のようなものが考えられるだろう。

  • "球場に来れば必ず泣ける"というコンテンツ(故障選手のリハビリ、病気の子供を選手が激励、など)をスクリーンで流す
  • 観客に一体感を持たせるため、マスゲームを行う
  • チケット販売収入の一部を地域貢献(植林、街路整備、地域医療の充実化、など)に回す

…など

ぜひ読者の皆さんも1人で考えてみたり、身近な人(家族、友人、同僚、など)との間でアイディアを出し合ってみて、ニーズ・コンテンツの組み合わせにより打ち手がいろいろと発想できることを実感していただきたい。

セグメント別に有望な打ち手を考える

以下では、小問題③に答えて先ほど選定した「会社員(平日に同僚と一緒に過ごすシチュエーション)」 親子連れ(休日に一緒に過ごすシチュエーション)」 シニア夫婦(平日・休日に一緒に過ごすシチュエーション)」 シニアシングル(平日・休日に1人で過ごすシチュエーション)」の 4つのセグメントについて、有望と思われる打ち手仮説を考えていきたい。

なお、打ち手を考える際には、各セグメントにとって固有のニーズ・コンテンツの組み合わせを発想すると同時に、それぞれに固有の「来場を阻害する要因を除去する」という思考が重要である。

会社員に対する打ち手

会社員に対する打ち手は、勤務時間という制約条件を抜きには考えられない。彼らにとっての来場の障害としては、「時間が合わない」ということがあると推測される。会社員の生活リズムを考えながら"超"分析の『時間的な俯瞰』を使ってみて、余暇に割ける時間が増える変節点を見つけてみよう。それにより、打ち手の内容や刺さりやすさが変わってくる。

実際、総務省の統計を見てみると、19 時 30 分時点で見ると、18 時 30 分時点よりも自由時間を持つ人の割合が大きく増える。さらに金曜日に限るとその割合がもっと大きくなると推測される。

ここで来場の障害を取り除くための打ち手として、 金曜日の試合開始時間を19 時にする"ことを打ち手としたい。「そもそも、野球の試合開始時間は、なぜ平日は18 時になっているのだろうか?」。もしこれが野球中継を見込んでのこと(22 時頃までには終了させる)であれば、地上波での中継がほとんどない今、再検討すべきだと思われる。慣習・常識を問い直してこそ、今まで得られなかった成果を実現できるのである。

ただし、障害を取り除くだけでは、大きな成果は期待できない。積極的に会社員が求めているニーズに応えていく必要がある。

日頃、仕事でストレスを感じている会社員には、生理的欲求(ストレスを発散させるなど)や帰属の欲求(同僚、上司・部下とのつながりを求めるなど)という強いニーズがあると思われる。終業後に職場の仲間と一緒に、食事会・飲み会、カラオケ、ダーツなどのレジャーをして過ごすことがあるだろう。これに代替しうるコンテンツとして、球場の提供できるものを発想してみる。例えば、次のような打ち手がありうるだろう。

  • おいしいビールが飲めるスポーツバーを設置する
  • 皆でシェアできる食べ物を中心としたメニューが多い居酒屋チェーンに出店してもらう
  • フィールドに向かった座席配置ではなく、長机を挟んだ向かい合わせの座席配置とする
  • バッティングセンター、ピッチングゲームなど、体を動かせるエンターテインメント施設を作る

…など

親子連れに対する打ち手

日頃、仕事や家事で忙しい父親・母親、そして外で遊び回りたい子供には、生理的欲求(エネルギーを発散させる)や帰属の欲求(家族と触れ合う)という強いニーズがあると思われる。

このニーズに対する打ち手を考える。 超"分析の『空間的な俯瞰』を使ってスタジアムを見渡した場合、グラウンド(特に外野の芝生部分)を魅力的なコンテンツに仕立てられる可能性があることに気付く。具体的には、 試合開始前に、親子連れ限定でグラウンドを開放する"のである(選手の練習はその前に終わらせるか、別施設で行うように調整する)。外野の芝生で、走り回る・キャッチボールなどが可能なようにしたり、ヒーローショー・記念撮影などのサービスを実施したりしてはどうだろう。「観客は観客席、選手はグラウンド」という暗黙のルールを破るアイディアである。

この施策のポイントは、「親と子供の両方が楽しめる」というところである。試合前に子供を十分に遊ばせることができれば、試合中は親も存分に野球観戦に集中できるのではないだろうか(子供が試合前に遊び疲れて、大人しく試合を見てくれるようになれば、より観戦に集中できるかもしれない)。親子連れのレジャーは多くの場合、「子供のためだけの行動」(遊園地、動物園など)か「親の都合だけの行動」 ショッピングなど)のいずれかであることが多い。親も子供もともに存分に楽しめるレジャーは意外と少なく、潜在的なニーズは高いと思われる。例えば、今年のGWに家族連れを中心に 3万人の来場者を集めた「箱根小涌園ユネッサン」は、従来大人のみが楽しめる施設であった温泉に、ウォータースライダーやプールなどの要素も加え、「親子両方が楽しめる温泉テーマパーク」とすることで成功した事例と考えられる。

親と子供の両方にメリットがあるという意味では、「学習塾・ピアノなどの習い事をやっている小学生とその親に、息抜きと成長への学びを提供する」という打ち手も考えられる。選手のスランプ克服法、一流になるための思考回路、習慣などをコンテンツとしてまとめて、冊子や球場のスクリーンなどを通して提供する。これは、自己実現の欲求(子供の成長)と生理的欲求(張りつめた日常の息抜き)に応える打ち手である。

シニア夫婦に対する打ち手

シニア夫婦が一定割合で強く持つニーズとして、帰属の欲求(コミュニケーションを取りたい)があると思われる。背景には、人生経験のズレ・すれ違いがありそうだ。夫は仕事に人生の大半を注いできたし、妻は家事や子育てに時間を費やしてきた。50 歳を過ぎた頃から、仕事上の成功・出世という目標も薄れ、子供も巣立って自立した状況になると、家庭という場において夫婦 2 人で生活を営む色合いが濃くなってくる。

このような夫婦間コミュニケーションのニーズに対して、球場自体をうまく活用して解決策を提供したい。具体的には、ハード面において、夫婦 2 人だけの空間(例:パーティションで仕切られた座席)を提供することが考えられる。「野球は若者が行くもの」と考えている夫婦に落ち着いた場所を提供すると同時に、閉じた空間が会話を促す効果も期待できる。

また、ソフト面においては、夫婦 2 人の協力関係を促すことが期待できる、共同作業を行ってもらうのはどうであろうか。例えば、夫婦で協力して、豪華景品を目指して答えるクイズなどが考えられるのではないだろうか。クイズには、夫・妻の両方が加わり、かつ教え合えるような問題を用意する必要がある。例えば、夫が答え、妻に教えるものとして、 選手の名前"や"A球団に関わる過去の記録"などに関する問題がある。逆に妻が答えやすいものとしては、 球場周辺にある花の名前""球場内で出される料理や、そこに使われている食材の名前"などに関する問題がある。

またさらに進んで、A球団はシニア夫婦を含めた全夫婦へのアピールを高めるため、「日本の夫婦を幸せにする」というビジョン・メッセージを発信することも考えられる。これは、"超"分析の『価値的な俯瞰』を使い、野球が持つ"勝敗を競い合うスポーツ"という狭義の価値を、 コミュニケーションツール"という広義の価値にシフトしたものである。

ただし、ビジョン・メッセージの発信を単発的に行うだけでは、効果は限定的だと思われる。実際には、夫婦のコミュニケーションを促す様々な施策を実施した後、「幸福度が向上したか?」という点について調査を行うなど、施策を継続していくことが重要となる。

これまであまり対象顧客として捉えてこなかったシニア夫婦に対して、野球自体を提供するのではなく、コミュニケーション上抱えている課題に対するソリューションを提供する存在にA球団を変えていくことができれば、集客力の大幅な向上が期待できるのではないだろうか。

シニアシングルに対する打ち手

シニア層については、夫婦間コミュニケーションに限らず、コミュニケーションに対するニーズ(帰属の欲求)があると思われる。リタイア後に会社の同僚との交流も減り、子供も年に1回帰省するかどうか、という状況では、別の新たなコミュニティを欲するのではないか。例えば、老人会、ゲートボールクラブ、囲碁クラブなどである。

それらのニーズに対して、球場が提供できる価値を考えてみる。具体的には、球場をシニアが集まれる場にするために、シニア向けセクション(広めで、段差が少ないスペース)を観客席に作って、試合の開催の有無にかかわらず、朝の6時頃から23 時頃まで無料で開放してはどうだろうか。

上記の打ち手は、ニーズに対する充足に加えて、障害を取り除く効果も期待できる。具体的な障害を理解するために、"超"分析の『状態(プロセス)的な俯瞰』を使って、シニアが野球観戦に向かう状況をイメージしてみる。一般的には、自宅にいるシニアが「試合の開催日を調べる」→「電話でチケットを予約(当日券の場合は来場時に購入)」→「チケットを入手」→「球場まで移動する」という一連の行為を行わなければならない。しかし、先ほど示した球場内コミュニティの場ができれば、試合が開催されている時にそこでチケット料金を徴収する形にすることで、「球場まで移動する」以外の工程は除去される。

これからの成長市場の顧客であるシニアを攻略する上で、「球場に連れてきて野球を見てもらう」のではなく、 球場を日常コミュニティにしてもらい、たまたま野球が開催されている」という状態にするのである。観戦までの一連の行為が億劫という可能性が高いシニア層の来場を促す逆転の発想である。

アンケートによる打ち手の効果検証

これまで見てきたように、顧客層をより細かく捉えてニーズを絞り込めるようになった段階で打ち手仮説を考えると具体性がグッと高まる。有力な打ち手仮説が出揃ったら、各打ち手の有効度及びそれに基づく優先順位付けをするために、それらを適用した場合の来場意欲をアンケートで定量化する必要がある(『定性情報の定量化による比較』)。

アンケートの設計の具体的な方法自体は、専門書に譲ることにするが、意識したいのは、仮説的に持つニーズと仮説的な打ち手の結び付きの強さを測ることである。具体的には、「仮説的な打ち手が、今の余暇の過ごし方に比較してどれだけ魅力的か」を確かめる項目を含めることが重要である。アンケートは、そこからネタを探すのではなく(例えば、「現在の球場の不満点は何ですか?」など)、立てた仮説を検証するために行うものである。それを意識した設計をする必要がある。

今回、ケースを想定しての問題に対する解答例を示す形で進めてきたが、もちろんここに示した解答例が唯一絶対の解ではない。解答例の中で示しているフレームワークを用いて、読者の皆さん1人ひとりが発想を広げ、合理的な意思決定を進めるためのヒントとしていただければ幸いである。



<プロフィール>
小清水  大 (こしみず・だい)
京都大学工学部卒、同大学大学院工学研究科修了。 国内事業会社(インフラ設計関連)を経てA.T. カーニーに入社。 エネルギー、化学、物流、小売業界を中心に、全社戦略(グループガバナンス、シナリオプランニング、ポートフォリオ戦略、中計策定支援)、事業戦略、オペレーション改革等を支援。


兼松  浩介 (かねまつ・こうすけ)
A.T. カーニー アソシエイト(本稿執筆時)
1978年米国ノースカロライナ州生まれ。2003年東京大学教養学部(国際関係論)を卒業し、A.T. カーニーに入社。金融、IT、エンターテインメント、自動車、ケミカル等の業界に対する全社戦略、新規事業戦略、営業改革、業務効率化、コスト削減等のプロジェクトを手がけている。