本コラムは、日本経済新聞社“NIKKEI NET”(現「日経電子版」)のビジネスコラム欄“BIZ+PLUS”に、2008年10月から2010年3月まで全8回にわたり掲載されました。

A.T. カーニー 日本代表
梅澤 高明氏
(うめざわ・たかあき)
ホームページ:
http://www.atkearney.co.jp/
(日本)
http://www.atkearney.com
(グローバル)
東京大学法学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)経営学修士課程修了。
日産自動車を経て、A.T. カーニーのニューヨーク・オフィスに入社。米国企業の経営改革に4年間携わった後、同社東京オフィスに異動。現在は、国内大手企業(消費財、ハイテク、メディア、エネルギー、総合商社など)を中心に、全社戦略・事業ポートフォリオ、グローバル戦略、マーケティング、組織改革に関するコンサルティングを実施。
グロービス経営大学院客員教授(経営戦略担当)。東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム講師、ISLファカルティ。
主な著作に「ストレッチ・カンパニー」(翻訳、東洋経済新報社 2005年刊)、「グループ経営戦略と管理」(共著、企業研究会2008年刊)など。
第1回「世界金融危機、日本企業にとっての意味」(2008/10/21)
米国を震源とする金融危機が世界経済を揺さぶっている。米金融安定化法が成立した10月3日以降も株価は下がり続け、ダウ工業株30種平均が1万ドルの大台を割った翌日(10月7日)には、日経平均も1万円を割り込んだ。その後も現在に至るまで激しく乱高下を繰り返しつつ、底値の見えない状況が続いており、1930年代以来の「世界同時恐慌の再来」との論調も聞かれる。
住宅バブルと証券化商品・デリバティブの急拡大に端を発したサブプライム問題は、米国、そして欧州の金融システムを機能停止に追い込み、さらに、伝統あるウォール街の独立系投資銀行のすべてが、1週間のうちにその形を変えるという異常事態を生み出した。日本でも、リーマン・ブラザーズの破綻を受けて、同社関連の社債やクレジットリンク債で損出を被る金融機関が続出。さらに、株価暴落が追い打ちとなり、自己資本比率規制の基準を割る銀行が出る、ともささやかれている。
金融危機は、米・西欧をはじめとするG7諸国の実体経済にも急ブレーキをかけている。日本経済も、明らかに影響を受け始めた。日本経済新聞社が10月5日まとめた「社長100人アンケート」では、半年前に比べて「国内景気が悪化している」との回答が9割を超えた。北米市場の急減速を受けて、トヨタ自動車の2009年3月期の連結営業利益は前期比4割減に落ち込む見通しだ。工作機械受注は既に4カ月連続前年割れ。化学、鉄鋼など、世界・国内需要の減退で減産に向かうと見られる製造業も多い。
多くの日本企業が、設備投資計画の後ろ倒しや中止、費用削減、そして国内市場での地位防衛を通じて、この危機に対処しようとしている。「ニッポン株式会社」は、世界同時不況の中で、再び身を縮めて生き延びようとしているかに見える。
■野村ホールディングス、リーマン買収の意義
その中で、破綻したリーマン・ブラザーズのアジア・欧州部門は、野村ホールディングスが好条件で引き取ることになった。この意義は大きい。
他の日系金融機関と同様、グローバル競争において野村は出遅れていた。1980年代後半には、国内のバブル景気に乗って海外の戦線を拡大し、米投資銀行ワッサースタイン・ペレラとの資本提携も行ったが、バブル崩壊後の不景気とアジア通貨危機を受けて海外の多くの事業から撤退。現在まで、ロンドンを除くと海外事業基盤の構築には成功しておらず、サブプライム問題が顕在化する以前の2007年3月期決算でも、日本市場からの収益が約8割を占めていた。依然として、国内顧客向けの伝統的な証券業務と投資銀行業務に大きく依存する状態だ。成長するアジア市場での取り組みも、海外競合に大きく後れを取っていた。投資銀行業務の取引額ランキングでは、日本でこそトップクラスだが、アジア部門(日本を除く)ではM&Aが21位、株式引き受けは100位以下(9月22日時点、トムソンロイター調べ)。ここにも、日本企業の「失われた15年」の一断面が見られた。
一方のリーマンは、M&Aランキングのアジア部門で同期間9位と、一定のプレゼンスを保持している。しかも、わずか2.25億ドルの投資である(同じ週にモルガン・スタンレーに出資を決めた三菱UFJフィナンシャル・グループの出資金額は90億ドル。うち、約78億ドルの転換権付き優先株が普通株転換後で出資比率20%に相当)。さらに、欧州・中東部門に至っては、わずか2ドルでその人員を丸ごと引き受ける、という破格の条件だ。もちろん、優秀な人材の引き留めと、今後の海外事業のマネジメントが大きなチャレンジとはなるものの、「ワールドクラス」「アジアの野村」を掲げる同社にとっては絶好の機会到来であろう。特に、世界の成長センターであるアジア、今後いよいよ重要な資金の出し手となる中東における競争ポジションの向上は、戦略的にも価値が大きい。
実は、グローバル競争で後れを取っているのは、野村をはじめとする金融機関だけではない。日本の非製造業の海外売上高比率はわずか20%。製造業の同比率は45%(ともにFortune Global 500ベース、NRI調べ)だが、それも自動車、建機、電機など、一部業種の巨大企業に引っ張られた数字だ。
野村の今回の果敢な意思決定は、身を縮めて急場をしのぎ、国内市場の防衛で食いつなごうとする多くの日本企業とは、一線を画するものだ。現在の市場環境は、キャッシュリッチな日本の大企業にとっては、グローバル市場での地位を非連続に向上する「千載一遇のチャンス」ととらえるべきだ。
各国市場の株価急落、円安状態の解消、PE(プライベート・エクイティ)ファンドや欧米企業の資金調達力減退を考えると、日本企業が海外でM&Aを行う上で絶好の「買い場」が到来したと言える。もちろん、日本の株式市場も著しく低迷しているため、時価総額で見れば買収通貨が一時的に大きく減少しているのは事実。しかし、日本の多くの優良企業にとって、現在の株価は金融パニックに起因する明らかな割安状態だ。株価がそのうち回復すると考えれば、キャッシュをため込んでいる企業にとっては、やはり「買い場」であることに変わりはない。
■「グローバル超競争」と失われた15年
バブル崩壊後のいわゆる「失われた15年」を振り返ってみると、グローバル競争における日本企業の地位低下は顕著であった。それは、輸出産業の代表であった電機業界を見れば明らかだ。グローバル市場での売上高ランキングで見ると、1997年にはトップ10に日本の電機メーカーが6社、うち2社(日立製作所、松下電器産業=現パナソニック)はトップ5に入っていた。それが2006年になると、トップ5はゼロ、辛うじて4社がトップ10に残っている。
売上高成長率でグローバル競合に後れを取った日本企業は、営業利益率で見ても劣位にある。その結果、IBMやノキアといった海外大手メーカーの時価総額は、パナソニックやソニーの約3倍に及ぶ(昨年末時点)。デジタル化、グローバル水平分業の波が押し寄せ“勝者総取り”の市場構造ができる中で、日本の電機メーカーは戦略的集中の欠如によりグローバル市場で欧米や韓国のプレーヤーに敗れ、国内偏重の事業構造から脱却できずにきた結果と言える。その証拠に、日本を代表する電機メーカーといえども、海外売上高比率を見るとパナソニックでやっと5割、日立が4割強、NECは25%にすぎない。
日本企業の地位低下は、電機に限った話ではない。酒類・飲料業界で見ると、1997年にはトップ10に日本企業が2社(サントリー、キリン)入っていたが、2006年にはゼロ。小売、通信など、他の多くの業界でも似たような状況が見られる。
この現象は、基本的に2つの要因の組み合わせで説明できる。1つは、1990年代末から本格化するリストラや構造改革という内向きの作業を進める中で、日本企業の海外展開にブレーキがかかっていたこと。そしてもう1つの要因が「グローバル超競争」、すなわち、この10年間のグローバル市場の構造変化と産業集中化の進展だ。
この10年の間に、ユーロ誕生とEU(欧州連合)拡大が巨大な欧州市場の統合を完成し、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)が世界のひのき舞台に登場した。同時に、発達した情報通信技術が米・欧・新興国をつなぎ、「フラットな」真のグローバル経済を生みだした。この中で、成長市場での優位とグローバルでの規模の経済性を求める巨大企業同士が、世界市場での覇権を争うグローバル競争を本格化させた。さらに、金融市場の発達と新興国マネーの参入が、国際的M&Aを加速した。
■岐路に立つ日本企業
要約すれば、「グローバル超競争」とは、顧客、サプライチェーン、資本市場という3つの側面で統合されつつある世界市場での覇権を目指して、国際的巨大企業による寡占化が加速度的に進んでいく現象である。そこでは、欧米先進国の伝統的プレーヤーのみならず、新興国からの新たな企業群が加わった大競争が展開されている。
その中で日本は、人口減少による国内市場の縮小、円安による所得の海外流出に直面し、国際経済におけるポジションは低下する一方であった。このまま内向きの経営を続けるのか、あるいは、世界に大きく打って出て、グローバル市場で超競争に対峙(たいじ)するのか――。岐路に立つ日本企業にとって、世界が金融危機の渦中にある今が、決断の最後のチャンスになるかもしれない。
このコラムでは、次回以降、こうした「グローバル超競争」のメカニズム、超競争をドライブする勝ち組企業の戦略、超競争に対峙する日本企業の課題などについて、具体例を交えながら、できるだけ分かりやすく論じていきたい。
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